■日本明慧 http://jp.minghui.org/2009/08/18/mh192617.html 



法を学ぶ中で向上する

文/黒竜江省ハルビンの大法弟子

(明慧日本)2006年から『転法輪』の暗誦を始め、現在に至るまですでに4回暗誦し、今は5回目の第七講を暗誦しています。この2年間、法を暗誦しながら悟った自分の体験を話したいと思います。

  一.法を暗誦して怯える心を捨て、正念を堅くする

  修煉を始める前、私は臆病でした。修煉を始めてからは少しよくなりましたが、怯える心は依然として大きいものでした。特に迫害された後、もっとひどくなりました。

  いわゆる「政治的な敏感日」になると、すぐ緊張しました。しかし2006年から法の暗誦を始めてからは、怯える心がどんどん少なくなり、心も穏やかになりました。これは法を暗誦したおかげです。二つの例を挙げます。

  ある修煉者が「私の友人は、あなたを地元の法輪功の責任者と見ています」と話しました。その話を聞いた私は心を動かさず、その修煉者と交流して、内に向けて探しました。師父が常人の口を借りて、安全に留意することを啓示しておられるのか、それとも心性に漏れがあって、向上する必要があるのではないかと考えました。

  迫害が始まった後、私は地元で経文と資料を運ぶことを担当しましたが、この仕事を続けてもいいでしょうかと、その修煉者と交流した結果、「心が動じてはいけない。大法弟子のやるべきことは続けてやるべきだ」と悟りました。

  師父が『洪吟二』で「なんじに怕れ有らば、它(た)就(すなわち)抓(つか)む。一正を念ずれば、悪は就(すなわち)土夸(こけ)る。修煉の人、法を装着し、正念を発すれば、爛鬼炸(さ)ける。神世に在りて、法を証実す」とおっしゃったように、正念をもってこの問題に対処し、旧勢力の按排を完全に否定しなければなりません。私は現在も資料を運んでいますが、安全上の問題は発生しませんでした。

  また、ある修煉者はある常人から「○○さん(私を指す)のようにしてはいけません。毎日大きいかばんを持って法輪功の資料を運んでいます。あなたはぜひ安全に注意しなさい」と言われました。

  その修煉者も私のことが心配になって、発正念をして背後の邪悪を否定すると同時に、安全に気をつけるようにと私に注意しました。

  この話を聞いても私は心を動かしませんでした。後で考えてみるとこんなことが発生した原因は、常人に真相を話した後、直接かばんから真相資料と真相CDを出していたのです。その常人は真相資料を受け取った後、他の人に、私は毎日大きいかばんを背負って資料を配っていると話しました。そして他の人がその修煉者にそんな話をしたのです。

  こんなことに出会ったら心性を向上させなければなりません。もし怯える心が生じると何も出来ません。正念で怯えることを否定すると同時に、安全に注意して、大法弟子のやるべきことをやらなければなりません。そうすると心性は向上します。

  法を暗誦する前にこんなことに出会ったら、私は怖くて何も出来なくなったでしょう。師父は、『精進要旨二』で「法は一切の執着を打破することができて、法は一切の邪悪を打破することができますし、法は一切の虚言を打破することができて、法は正念(しょうねん)を固めることができるのです」とおっしゃいました。正念が強くなると、怯える心はなくなります。

  二.法を暗誦する中、慈悲の心を修める

  法を暗誦する前は、どうしても慈悲の心を修めることが出来ませんでした。特に2005年から常人に向かって「三退」を勧める頃から、慈悲が足りないことがはっきり分かりました。

  例えば、常人に「三退」を勧める時、相手が受け入れないと気分が悪くなり、一対一で「三退」を勧めるのもいやになります。また、人を区別して、この人は優しそうだからうまくいきそうですが、あの人はあまりよくないからと話そうともしませんでした。

  しかし法を暗誦してから、一対一で「三退」を勧めることも出来ました。相手が分かるとその人は救われます。相手が受け取らないと、自分は心の中から本当に相手のために心配して、慈悲の心が出てきます。これも法を暗誦したおかげです。

  今、私は毎日一対一で「三退」を進め、より多くの衆生を救おうと頑張っています。時間は非常に少なく、旧勢力と時間を争っている感じです。

  三.法を暗誦すると、ますます純粋になる

  法を暗誦する前は、法を読んでいても注意力が散漫で、口では法を読んでいますが、頭の中では別のことを考えていました。また、心が静かにならず、発正念をする時と煉功する時も静かになりませんでしたが、法を暗誦していくとだんだん静かになりました。

  法を暗誦するにつれ、思想はどんどん空になり、より純粋になって、雑念も少なくなりました。今は法を暗誦すると何の雑念も生じません。法理も不断に再現され、法に溶かされ、心性がますます向上しますし、「三つのこと」もより順調になります。

  ある修煉者がいったように、『転法輪』を読むたびに常人の殻を一層取り除く事ができます。2年間の法の暗誦を通じて、私も同感です。

  通読してもいいし暗誦でもいいし、それとも法を書き出すこともいいですが、法を学ぶだけで法に同化することができ、心性が向上します。これは「三つのこと」をうまくやる保証です。

  法を学ぶ修煉者たちに話したいことは、正念で突破しなければ、師父が我々に与えてくださった無辺の法力を見逃すかもしれません。

  以上は私が法を暗誦した体験です。慈悲なるご指摘をお願いします。

  2009年8月18日

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2009/8/16/206502.html

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