名利を求める心 文/中国の大法弟子
(明慧日本)今日、師父の評注文章『金佛』を拝読し、長い間、私が困っていた問題についてはっきりと認識できました。
文章の中で同修は、「本当の法を正す修煉はつまり一人一人の大法弟子が自分自身と師父及び法に対して責任を持つということである。この過程の中で、全ての古い責任者と新しい責任者は上で述べた教訓を汲み取り、名利心と常人の有名人効果及び階級観念に妨害されず、忙しく仕事していれば自分がきっと修煉していると思ってはいけない」と述べました。
この言葉は、私の心の深いところにある困っていた問題、即ち階級観念がもたらした名利を求める心を触発しました。
長い間、私は自分の名利心が薄い、ひいてはないと思っていました。しかし、法を実証する過程でこの名利心がとても激しく現れました。ただ、私がはっきり認識できなかっただけです。ずっと何かが私を妨害している、心が静かにならないと感じていました。名利心かもしれないと思ったこともありますが、すぐに否定し(私は常人社会で名利心がないため)、長い間、名利心の蔓延を放任してしまいました。ですから、この名利心が現れたとしても、はっきりとせず隠れています。しかし、私は自分に階級観念があると分かっています。例えば、協調人また有名な同修と接することが好きで、さらにこれらの同修と接すると、自らの身分も上がると思っていました。そして、同修の中で顕示し、他の同修に認めてもらいたかったのです。今日、『金佛』を学んでから、やっと自分の階級観念下に覆い隠された名利心をはっきりと認識しました。これは修煉者にとって取り除かなければならない心で、自由に放任してはならず、でなければ、常人と同じようになってしまいます。
2009年9月17日
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2009/9/15/208289.html)
明慧ネット:jp.minghui.org
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