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私の世界は私が決定を下す

(明慧日本)昨日は土曜日なので休みでした。私は家のマンションの窓際に立って、『転法輪』の第6講を暗唱しようとしましたが、頭が重く感じ、繰り返し暗唱してもできませんでした。このとき、ラッパの音が聞えてきました。よく聞いてみると、近くの学校のグランドで軍隊の訓練をしており、学生たちは赤い国旗を揚げてスローガンを叫んでいました。一列毎に軍人の指揮の下で訓練を受け、休憩のときは、中共を称える歌を流していました。

 私は子供たちを可哀相に思いました。ラッパを通して殺気だってスローガンを叫ぶ軍人の声は若者のようでした。彼らは、共産党の邪説に害毒されていることがいまだに分かっていません。先日、真相を伝えに出かけたとき、ある人との会話を思い出しました。その人が「ある人(現地で地位のある同修)が法輪功を習ってから、病気があるのに、死ぬことを覚悟して病院に行かなかった」と大法を誤解した話をしました。私は涙を流しました。どうしたら彼らを救うことが出来るでしょうか?

 グランドで軍隊の訓練を受けている学生達を眺めていると、世界の一角で騒ぎが起きているように思え、あるいは、健康な身体の足指が炎症を起こして病菌が繁殖しているように、また、唐の僧侶が経典を求める途中で、ある山の洞窟に隠れている妖精が人々を脅迫しているように思いました。

  師父は人の身体が小宇宙だとおっしゃいました。そうならば、自分の世界で問題が起きれば、他の空間の体に反映し、頭にあるいは足にそれが現れてくるかもしれません。

  最近、身辺に起きたことを考えさせられました。ある同修に半身不随の症状が現れて、家族に強制的に病院に連れて行かれました。私の同僚はある会議で、突然脳出血で私の横で倒れました。私自身もある日の夜中、トイレに行くとき、突然重たいものに引っ張られたようで、頭が大きくて重く感じ、倒れそうになり、私は戸の枠にしがみついて、心の中で「師父! 邪悪が私をまた迫害しようとしています」と叫びました。そして、ふらふらとベッドに倒れて昏々と寝込んでしまい、翌朝、起き上がる気力もなくなりました。1日ずっと正念を発し、法を暗唱し、内に向かって探すことで、ようやく3日目の朝は仕事に行くことができました。こういう状態が一定期間毎に出てきて、毎回ひどい状態ではないにしても、常に頭上に重いものがあると感じ、両足に力が入りません。軽く言えば高血圧の症状で、重く言えば先に述べた2人のような症状です。ときには、常人のように、頭がくらくらしてきたら、多く睡眠を取るようにしていますが、寝れば寝るほどくらくらしてくるのです。

  問題がどこかにあるのか悩んだ私は、自分も彼らのように倒れるのではないかと心配しました。私ははっきりと他の空間の邪悪が私を脅かしており、病業を利用して私を迫害しようとチャンスを伺っていることも知っています。

  私が内に向かって探すと、頭がくらくらすることは自分が求めた結果でした。なぜかというと、私は邪悪な留置場から出たあと、何年も頭の中で留置場にいた当時の状況がずっと頭から離れず、知り合いに真相を伝えるとき、「自分が留置場にいたとき血圧が240になるまで迫害され、彼らは私に死なれたら困るから仕方なく釈放された」と言うと、皆が「今、またくらくらしますか?」と聞いてきました。時には、私は無意識に「まだ、くらくらするよ」と答えてしまいます。甚だしきに至っては、潜在意識に私のような人はどこに強制連行されても、受け入れる留置場はないと思っていました。今日初めてこの一念の怖さが分かりました。一つ目は、深く隠れていた恐怖心であり、二つ目は、恐怖心の下で病業を求め、迫害を認めたことを邪悪に見られ「あなたはこうすれば安心できるようだから、この状態にしてあげよう」と、甚だしきに至っては、この機会を利用して少しずつ迫害を重くし、命まで奪ってしまうのです。一人を壊滅させて一つを得る邪悪の考えです。私は自身が破滅していくような考えをしていながら、まだ気付いていなかった一念をとても怖く思いました。

  今日の出来事は偶然ということはありません。私は留置場にいた頃、夢を見たことを思い出しました。「誰々が死んだ」と私を指しながら言い渡されると、「私は死んでいない、あなたこそ死んでしまった!」とすぐに言い返しました。それから、「師父!」と大声で叫びました。あのときは強い警戒心を持ち、毎日法を暗唱して正念を発しました。

  しかし、今は常人の仕事で忙しくしています。毎日法の勉強と暗唱することに速さを求め、任務を完成するかのようでした。今日突然目が覚めました。師父が私達に三つのことをよくするように要求されていることがいかに重要で、自身の修煉の向上と衆生の済度もどれほど重要なことかを認識できました。

  半身不随の症状が出た同修に「旧勢力の迫害を否定し、法を信じ、師を信じてください」と教えたら、「私の体は確かに動かないですよ」と言い返されました。つまり、「私にはこれくらいのことは分かっているが、しかし、一向に体が良くならない」ということです。またある同修に「正念を持って、正しい行動をするように」と言ったこともあります。ある同修の交流文の中で「法理においていくら理解していても、行動に移さないと、旧勢力を根本的に否定したとは言えないし、迫害を真に否定することもできません」と書いてありました。

  確かにそうだと思います。十数年の修煉を経て、師父が言われた法理はすでに肝に銘じたと思っていましたが、いざとなると、法に照らした行動がなかなかできません。生死の関門に出遭えば正しい選択が出来るかもしれませんが、邪悪の別の形での迫害には警戒心を緩めやすいのです。私自身もそうでした。2年前、路頭に迷うほど迫害されて、鼻血が真夜中になると噴き出してしまい、数日は立つこともできませんでした。病院に診てもらっても原因が分からず、手術台に横になってから、ようやく、私は「これは業を消去するための関門ではなく迫害だ」という正念が出ました。私は常人の手術で鼻血を止めていいのでしょうか?

  私は力をふり絞って手術台から降り、「すべての結果は自分で責任を負う」という契約書にサインをして、医者から退院の許可を貰いました。このようにして、体中に血がついて、血だらけの鼻をタオルで押さえてふらふらして病院から離れました。そのとき、心身への圧力の下で、正しい決断を選択することは堅く法と師父を信じる以外にはありませんでした。

  偉大な師父が助けてくださったおかげでその関門を乗り越えることが出来ました。難儀が過ぎた後、だらけて安逸を求め、自分に対する要求をゆるめてしまい、自分の空間場が邪悪に隙に乗じられました。師父が『転法輪』の中で「あなたの空間の場にあるすべてのものは、あなたの大脳の意識によって支配されています」、「自分の身体を制御する意志すらなく、いつももうろうとしていて、元気が出ません。そうなると、副意識や他の空間からの信息がすぐ邪魔に入ろうとします」と書いておられる通りでした。自分の周囲で起きたことは、すなわち自分の修煉状態の表れなのです。

  私の体のことは私が決め、私の世界は私が決定を下します。

  かつて、明慧ネットで「邪悪の干渉の解体は一念にあり」という題名の交流文を読んだことがあります。これらを悟った後、この体験文を書いている数日間は私の頭脳がますますはっきりとしてきて、精神状態も良くなってきました。すべての仮相もなくなりました。

  今後、私は常に「必ず正念を持って正しい行動をする」と自分を戒めます。自分がよく修煉をしてこそ、衆生を済度することができます。合掌。

  2009年9月23日

(中国語:http://minghui.ca/mh/articles/2009/9/17/208391.html

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