■日本明慧 http://jp.minghui.org/2009/10/20/mh211435.html 



観念を突破し、全体に溶け込む

(明慧日本)私は長年修煉している大法弟子ですが、1999年「7.20」以降、学法と煉功を1年半ぐらいやめていました。2002年になって改めて修煉の道に入り、三つのことをやり始めました。しかしその時、ほかの同修との連絡が全く取れず、1人で大法の真相を伝える標語を書いたり、手紙を書いたりしていました。各種の雑誌から住所を調べて、毎回3枚ずつ真相を伝える内容を印刷して郵送していました。しかし、この方法では時間がかかりすぎるし、もっと効率の良い方法はないかと思っていたとき、師父が按排してくださったのか、他の同修と連絡がとれて、資料を入手することができ、効率よく印刷ができるようになりました。これで私は三つのことを行うことができ、自分では大法弟子として良く行っていると思っていました。

 2004年ごろ、いつも地元の同修達の修煉状況について、私のところへ交流に来ていた同修がいました。現地の同修達の修煉状態はバラバラで、邪な悟りに陥ったり、他の宗教に入ったり、修煉を放棄したりする同修が多いと聞いて、私はとても気分が悪くなりました。これらのことを私に言って、何か意味があるのでしょうか? 私に何ができるでしょうか? 自分のことは保証できるが、他人のことは私には何もできない。その上、私には知っている同修もいないし、彼らを変えることはできないと思っていました。どうしようもないまま、その同修との間に隔たりが生じました。もちろん、同修の話に感動したこともあり、全体に関心を持とうと思いましたが、行動がなかなかとれなかったのです。

 その後、田舎から1人の同修が私のところにやってきました。同修は、一つの全体を形成したいと、他の同修を一人ひとり探しに行くと私に決意を表明しました。この同修は、「7.20」以降ずっと地元の全体を協調していた経歴も語ってくれました。私は同修の慈悲深さと行動に感動しました。これは師父の慈悲なる啓発であり、私にチャンスを下さっているのだと思いました。そして、私はこれまでの自分を振り返って反省し始めました。「なぜ私は三つのことを行うことだけで満足していたのか? これは何の執着心なのか? おごりたかぶる心や、円満を求める心、任務をただ果たすだけの心の現れなのだ。自分にはいつも地元で全体を形成していないことに不満があるのに、なぜ自主的に行動しないのだろう。同修が何度も指摘してくれたのに、私はそれを悟れなかった・・・他の同修達の間の協調が取れることをずっと待っていた。誰が協調人なのか? 誰もが協調人ではないのか? 他の同修と連絡もとらず、自分の殻にとじこもって、なんと冷たく、利己的であったのか。田舎の同修は年を取っているのに、相変わらず遠くからいつも手伝いに来ているが、自分は近くの同修と接触しようともしなかった。私はなんと心の狭いことか。狭い枠の中で這い回っていただけなのに、精進していると思っており、なんと愚かだったのだろう・・」私は内に向けて徹底的に探しました。

 自分の不足を見つけて、すぐさま人に依頼する心や恐れる心を取り除き、同修を探し始めました。同修を探す過程で、様々な試練がありましたが、私は動じませんでした。私は強い一念があり、決めたことは絶対に続けるのです。師父がいらっしゃり、法があり、道は歩めば歩むほど必ず広くなります。心を正すにつれて、新しい天地が広がりました。私が接触する同修はだんだん多くなり、相互に心の隔たりがあった同修は私の最も有力な支持者となり、常に黙って私の仕事に協力してくれ、補ってくれます。同修は邪悪にひどく妨害された時もありますが、全体のために無私に貢献しています。同修のこの高尚な行為は私を励ましてくれました。

 全体の向上に貢献できて、私は本当に幸せです。あちこちに行って大法の真相を伝え、自分にできるだけのことをしています。これらはすべて修煉であり、異なる同修に異なる心性がありますが、それを私が寛容できるかどうか。同修との考え方が違う時、私は自分の考え方を放下できるかどうか。順調に仕事ができた時、歓喜心や顕示心が生じやすくなりますが、すぐさまこれらの執着心に気づき、取り除くことができるかどうか。魔難に遭った時、忍耐できるかどうか、などなど。私は常に師父の素晴らしい按排を実感することができました。師父は私にすべての能力をくださいました。ですから、私は修煉の道をきちんと歩まなければなりません。修煉の道には多くの難がありますが、自分が心を正せば、師父はきっと助けてくださいます。

 個人の認識と体験ですので、適切でないところは同修達のご指摘をお願い致します。

 2009年10月20日

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2009/10/17/210541.html

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