日本明慧
■印刷版   

もう一度修煉に戻った体得(二)

(明慧日本)

  二、師父の慈悲なるご加護のもとで、私は再び大法に戻った

  彼から離れましたが、彼に対する愛、恨み、情はずっと心の底にこもごも交じっていました。時に幸せな思い出におぼれ、時に彼の侮辱的な言葉に涙がほろほろと流れました。彼と離れても、私の感情と精神は依然として苦しんでいました。どうして純愛を捧げた私が、こんなに傷つけられるのか、本当に納得いかなかったのです。このようにして、私は実家で3カ月ぐらい毎日涙を流しました。最後に、精神が崩れてしまいそうになり、このままでは精神病になると感じて、やっと少しずつ、自ら泥沼から抜け出そうとしました。

  今も記憶に鮮明に残る出来事があります。彼と一緒に行ったその南方の都市で、私は仕事を探しました。ある日、自分の専門や能力にとても合うような仕事の募集を見つけ、私はしっかり準備して面接試験に向かいました。しかし、乗車途中で意外にも停車駅のアナウンスが聞こえず、面接に遅刻しました。結局、私は採用されませんでした。

  私はずっとこのことに対して疑惑が解けなかったのです。自分は聞き耳を立てて停車駅のアナウンスを聞こうとしたのに、どうして聞き逃したのか? しばらく経って、その仕事はねずみ講だったと知りました。ねずみ講に関する師父の説法を思い出して、その仕事につかせなかったのは師父の苦心の按排だと、私は豁然と分かりました。そして、私は大雪の中で故郷に帰ることも師父の按排だ、師父はずっと私を見捨てずに見守ってくださっていると分かりました。

  それから故郷で、ほとんど何の準備もしていなかったのに、私は就職試験に合格して採用されました。師父の按排で、就職後の研修の場所はかつて知り合ったある同修の家の近くでした。彼女は過去に何回も強い正念の下で正々堂々と留置場から出られたのです。私はとても彼女を尊敬して、彼女の家に行きました。

  彼女は師父の経文、『明慧週刊』、『心を修め欲を断つ』の小冊子を私に見せました。男女関係の罪を犯した同修の他空間での恐ろしい結末と、師父の再三の警告を読んだ時、私はとても驚いて気持ちが重くなりました。自分がしたことをみんなの前で言い出すようにという師父の言葉を読んでも、メンツを重んじる執着が必死に私を止めました。しかし、同修が引用した師父の言葉、「私はあなたを待っていることを知っていますか?」を見て、正念が人心と激しく戦った結果、私は勇気を出して同修に自分のことを暴露して、大法に戻る第一歩を踏み出しました。

  10年あまり大法と離れていたため、師父と大法をとても遠く感じました。同修の師父に対する感謝と称賛を聞いても、自分にはこのような気持ちがありませんでした。そこで私は『師の恩を思い起こす』を借りて読みました。師父は家族がごみ箱に捨てた白菜を拾って調理し、地面に落ちた米粒を拾って食べ、弟子が食べ残した麺を食べられました。師父が大法を伝えられていた時、経費を節約するため毎日毎日インスタントラーメンを食べられ、シャツを1枚しか持たず、毎晩洗って翌日にまた着て、学習者と一緒にネズミが出没するほどの安い旅館に泊まられました。

  生命が危篤になった患者が、師父の不思議な神通力の下で健康に戻っても、師父は一文も受け取られない……などを読んで、震撼、感動、尊敬、後悔の気持ちが入り交じって、涙がぼろぼろ流れました。法輪大法の師父はこれほど高尚で偉大な人物で、これほど衆生に慈悲を与えておられるのです! 

  10数年間、修煉の縁を逃した自分に心を痛めました。師父に会って、師父の説法を聞いたことのある同修をとても羨ましく思いました。こんなに偉大な師父がおられるのに、師父が求める人になることができず、師父の教えに従って昇華することができず、精神面で師父について行かなければ、永遠の悔恨が残ると思いました。

  それから『我々は未来に告げる』シリーズの映像を見て、さらに大法弟子が真理を守るために生命も惜しまない勇気、ごく短い数年に迅速に進展してきた正法の勢い、師父が弟子たちを率いて莫大な魔難の中で衆生済度を続ける壮挙に感動しました。この時、私は心の底から大法を修煉する信念が生まれ、私もそのような弟子になりたいと思いました。

 (続く)

  2010年1月11日

(中国語:http://minghui.org/mh/articles/2009/12/15/214427.html

■関連文章
山を越えて真相を伝える
環境は衆生を済度するために作られた(一)
もう一度修煉に戻った体得(一)
魔難に陥った同修に慈悲をもって接する(四)
魔難に陥った同修に慈悲をもって接する(三)
魔難に陥った同修に慈悲をもって接する(二)
魔難に陥った同修に慈悲をもって接する(一)
着実に衆生を救い済度する
海外の大法弟子はどんなに忙しくても学法を重んじるべき
自分をより良く修め、衆生を救い済度する(二)