日本明慧
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ゲーム遊びを止めた体験


文/中国の大法弟子

(明慧日本)ゲームで遊んではいけないと分かっています。しかし、毎回少しだけと思いながら、ずるずるやってしまい、この時間を使って学法をすればよかったのにと最後に後悔します。過ちを繰り返し、毎晩ゲームの時間になると遊びたくなり、正念が飛んでしまいます。そして毎回遊ぶ時に身体が震えるのを感じます。同修の交流文もたくさん読みましたが、ずっと根絶することができませんでした。こうして過ちと後悔が長く続きました。

 それから、突然長いことゲームで遊ばなくなり、ちっともゲームの事を思わなくなったことに気づきました。よかった、やっとゲームを止める事ができたと、悩まなくなりました。どうやって止められたのかと思ったら実は簡単なことでした。

 まだ常人だったころ、卒業して就職する前に一時パソコン教室に通いました。周りの人にこの勉強は無駄で、金がもったいないと言われ、自分もなぜ教室に通うのか分からなかったのです。10年後の今、私の知識は良いところに使うことができて、資料拠点を立ち上げました。しかし、少し資料作りを承諾した他、怠惰の心も芽生えて余暇の時間にゲーム遊びの執着が生まれました。

 最近の半年くらい、同修が絶えず法を実証するために出てきて、資料の需要もどんどん多くなりました。同時に、プリンタの印刷スピードは遅いのですが、綺麗に仕上げることができるし、ずっと順調に働いているため、あえてプリンタを変えようと思わなかったのです。こうして、家事の他にほぼすべての時間をプリンタの監視に使い、毎日いくらの資料が作れるとか、明日どうやってするかを考えて、ゲーム遊びをする暇が全然なくなったのです。たまにはインターネットにアクセスできなかったり、プリンタの色がなくなったりした時に、資料を待つ同修のことを思いだして、自分が孫悟空のように魔法が使えたらいいなと思うのです。ゲーム遊びはもう遠くなり、法を実証する忙しさの中で自然に消滅しました。

 ここで、自分自身が法を実証することに溶け込んでいれば、常人の執着が自然になくなると悟りました。わざわざ、その執着心をなくそうと思わなくても法の中で正され、良くない執着心はきっとなくなります。

 自分の次元に限られた悟りであり、同修と交流できればと思います。

  2010年1月23日

(中国語:http://search.minghui.org/mh/articles/2010/1/22/216717.html

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