■日本明慧 http://jp.minghui.org/2010/02/09/mh110841.html 



トラブルが現れたら、内に向かって探す(三)

文/中国の大法弟子

(明慧日本)この一段落の法が私に強い衝撃を与えました。私は褒め言葉しか聞かない人間で、いやな言葉を耳にすると、地雷を踏んだかのように、すぐ爆発してしまうような人間でした。内に向かって探すことは、自分が執着を持っており、業力がまだ残っているからです。振り返って、修煉する前の私はどのような人間だったのでしょうか。その時の私は家で命令を下し、皆が私の言うことを聞いていたのです。夫は私に手を上げたことも、罵ったこともありませんでした。ある時、夫とトラブルを起こし、夫が拳で私の肩を軽く打っただけなのに、私は包丁を取り出して、夫と一緒に心中しようとしたのです。それで、夫は恐怖を感じ、3日間も家に戻らなかったのです。今、考えてみると、どれほどの業をつくってしまったのでしょう。

 人に対し、高圧的で、闘争心が強く、虚栄心もかなりあります。これらの常人にも及ばない執着心を探し出すと、自分が間違っていることをはっきりと認識できました。どれほど汚い心を持っていたのでしょう。このようなものを天国に持って行けますか? 行ける訳がないでしょう。

  修煉者は社会に対して責任を持ち、衆生に対して責任を持ち、自分に対しても責任があります。あなたは責任を負いましたか? あなたは自分の責任を果たしましたか? 師父は私達を救うために、代償を省みず、私達のために数え切れないほどの困難に耐えてこられました。その上、心を尽くして、私達の修煉を見守ってくださっています。佛の恩は人間の言葉で言い表すことができません。それなのに、私は自分の執着をまだ抱いて放そうとしません。考えをめぐらして師父と駆け引きをしているのです。

  考えれば考えるほど、悲しくなり、涙が溢れ出ました。他人に鼻を指されて罵られても、他人からの批判や叱責に直面しても、心が動じることなく、内に向かって探そうと心に誓いました。執着を見つけて取り除くと、夫の態度も変わってきました。知らないうちに私を非難もせず、怒ったりもしなくなりました。

 師父は「魔性を一掃しよう」(『精進要旨』)の中でこのように述べられました。「弟子たちよ、修煉とは厳粛で、神聖なるものであって、同時に、わたしたちの修煉は、社会に責任を負い、人に責任を負い、自らにも責任を負わなければならないのだと、わたしは再三、説いているのです」

  この責任の問題についても、ある二つの出来ごとに遭いました。

 一件は、2003年9月、息子が酒に酔って酒乱状態になり、私に手を上げました。殴りながら「煉功をまだやるつもりか?」と聞くので、酔っ払っていると思い、「今日、この話はしない、明日なら話し合いましょう」と、いい加減に答えると、息子はいっそう酷く殴りだしました。「はっきり言わないと、死ぬまで殴るぞ」と叫びながら、私の顔を激しく殴りました。私は止めようもせず、心も動かされませんでした。このままではすまないと思い、大声で答えました。「しますとも! しっかり修煉し続けます! 殺されても私の魂がやり続けます!」正念が出てくると、息子はすぐ大人しくなり、殴ることも叫ぶことも止めてしまいました。

 もう一件は2007年頃、市政府が文化的な家庭をとりあげ、評論するため、定年退職していた私に文章の提出を求めてきました。在職中、昇級や賃上げ、住宅の分配にも気を留めず、名利においてすでに淡白でした。退職後、今更、名利を求めることもないだろうと考えて書きたくなかったのです。

  しかし、元上司が必ず書くようにとせめてくるので、仕方なく書くことにしました。気持ちを込めずに2ページ書きました。元上司が読み、「だめです。書き直してください」と言われました。「読む人を感動させなければなりません」と特に強調されしました。それでは、私は大法を修煉しているので、大法を実証すべきではないかと思い、徹底的に大法の素晴らしさを書き出し、「真・善・忍」の良さを立証し、どのように修煉してきたかを書き、恐怖心も捨て、ただ法を実証したい一心でした。文章を提出すると、文化的家庭として表彰されました。

  息子とトラブルを起こすたび度に、多くの闘争心や魔性などを取り除くことができました。一言で言えば、今の私は人心が少なくなり、慈悲の心が生まれ、家族に対し、無性に憐れむようになりました。どのようなことが起ころうと、自分の生活の中で一つ一つの言動及び考えを法に基づいているかどうかをチェックします。今はすっかり他人の言動を自分の鏡としており、うちに向って探す良いきっかけで、向上していくチャンスだと思っています。

  最も重要なのは心を静めて法を多く学び、良く学んで、そして、師父の慈悲なる済度に報われるように、限られている時間の中で、より多くの衆生を救い済度するよう努力していきたいと思います。

 (完)

 2010年2月9日

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2010/2/7/217706.html

明慧ネット:jp.minghui.org