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修煉者によく見られる問題点


文/中国の大法弟子

(明慧日本)まず学法のことを同修と交流したいと思います。一部の同修は心を静めて学法することができず、頭の中に雑念がいっぱい生じています。これは普遍的に存在しており,学法するたびに居眠りして、ある人などは学法の時に本が落ちても目が覚めません。

 学法は心を静めて、初めて法の内容が分かります。そして自分自身の法に符合しないところやいかに法に照らし合わせて行動すればよいかが分かります。学法の時に雑念がいっぱいでは、学法にならないし無駄です。そしてこの事自体も法に対して無礼であり、こんなことでは法の内容を見せてくれるはずがありません。時間のロスにもなります。

  学法の時に居眠りや雑念がいっぱいなのは、邪悪に妨害されているからです。これについて、私はこう発正念をしました、「私は大法弟子であり、大法を勉強して法に同化したいのです。邪悪が妨害しているので、李洪志師父、助けて下さい」 途端に直ぐ頭が冷静になりました。

 この問題について私は以下のことを悟りました。 一つの生命が、大法に同化することを妨害することを師父は決して許されません。私が学法するのは当然大法に同化したいからです。邪悪が学法を妨害するのは大法への同化を妨害することと同じです。だから師父の助けを求めます。

 私は心を静めて学法する時に、師父の和やかな優しい声が聞こえ、その話は本に書いてある文字と同じです。それは本を読んで学法しているのではなく、説法を拝聴しているということです。時に本を読んでいると、書かれていることがすべて、私の法に符合していない部分を指していることがあります。この二つの状態は静かに学法する時に体験したことです。他の同修も同じように心を静めて学法することをお勧めします。

  もう一つは発正念の問題です。

 一部の同修は発正念の時に居眠りして、手が倒れてもわかりません。一部の同修は立掌した途端にすぐ倒れてしまいます。これは酷く邪悪に妨害されています。自分の空間場を綺麗に整理していないのです。これらの邪悪はその本人を妨害するのみならず、外に出て他の同修を妨害します。個人的な理解ですが、発正念の時に神々は邪悪を取り除き、宇宙を守り、衆生を庇護するのです。もし発正念の時にその作用が出来ておらず、反って邪悪にこれ程抑制されていることは、神に対しても無礼です。自分の空間場が不潔で、邪悪が出て他の同修をも妨害してしまうので、自分の責任でもあり、宇宙に対しても無責任です。さらに、発正念のことについては自分の心性に問題があります。

 他の同修が発正念の為に座った途端、立掌しないうちに邪悪はすでに逃げました。自分が座ったら邪悪は嬉しく、身を隠すよい場所があったと思うのです。自分は邪悪を保護する気はなくても、実質的にそうなりました。真剣に考えましょう。

 前日ある酷い病業に迫害された同修の為に発正念しました。発正念の最中に突然目を開けてみたら、周りの同修は皆手が倒れていました。その後に手が倒れた人に聞いてみると、皆気がついていないようでした。このような同修はなるべく他の同修と近距離で発正念をしないように勧めます。他の同修は迫害された同修の空間場の邪悪を取り除く他に、あなたの空間場から出てきた邪悪をも駆除しなければならなくなるので、これは迷惑です。あなたが行かなければ同修の負担が少なくなるのです。

 発正念の時に足が痛い、雑念が生じる、居眠りをするとき、私はこうして発正念をしました。「私は発正念をして、李洪志師父に要求されたことを圓容しています。邪悪が妨害して圓容させないので、師父にご加護をおねがいします」といえば、早くも解決します。

  三つ目は煉功の問題です。

 一部の同修は煉功の時に雑念が生じてずっと静められません。実はこれも一種の妨害ですので、ずっとこうであれば問題です。

 「もう一つは、無意識に邪法を練る場合があります。無意識に邪法を練るとはどういうことでしょうか? 無知の状況の下で、邪法を練っているということです。これはよく見られることで、そういった例はいくらでもあります。先日お話ししたように、多くの人は練功する時に、邪念をもっています。站(たんとう)をする時、手足が震え出すほど疲れているにもかかわらず、頭の中は休んでおらず、さまざまなことを考えています。『物価が上がりそうだから、少し買い溜(だ)めしておかなくちゃ。練功が終わったらすぐ買いに行こう。値上がりしたら大変だから』とか、『勤め先では今住宅を割り当てているが、俺の分はあるのだろうか? 担当者は俺と仲が悪いのだ。あいつは絶対割り当ててくれない。もし住宅が割り当てられなければ、俺は絶対喧嘩してやる!』とか、ありとあらゆる事が浮かんで来て、考えれば考えるほど怒りがつのるばかりです。先日お話ししたように、家庭のことから国の政治にまで、気に入らなくなると、抑えきれずに怒りがこみ上げてきます」(『転法輪』「第五講」)

 私は煉功の時に、もしいろいろ浮かんで来たら、私は「法に符合しないことは全部要らない」と思うと、早くも気が戻ります。

 一部の同修は静功を煉功する時にぼんやりして、居眠りします。

 主意識を煉るので、煉功の時にぼんやりすると主元神は煉っておらず、良いものは他人に煉られてしまいます。

 私は他の同修と一緒に神通加持法をする時に、たくさんの同修の手が落ちてしまうことに気付きました。これは大法の動作ではないし、わざとでなくても大法の動作を改ざんした行為になります。これが何を意味するのか、修煉者は皆知っているはずです。

 第五式を煉るだけでなく、他の四式を煉功する時にも改ざんする人がいます。また師父の号令を聞かずマイペースで進行する人もいます。この問題に触れた同修は注意しましょう。

 法の認識が深くないためご指摘してください。

  2010年5月21日

(中国語:http://minghui.org/mh/articles/2010/4/22/221951.html

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