■日本明慧 http://jp.minghui.org/2010/06/25/mh262411.html 



家庭資料拠点の8年の経歴

文/中国の大法弟子

(明慧日本)2003年私が同修のところに行ったとき、プリンターを買って資料を作るように勧められました。私は資料を作りたいのですが、知識がなく英語を知らず、プリンターに触ったこともないなど、いろいろ考えました。同修は「教育は関係ない、やりたかったら師父がきっと助けてくださるよ」と言いました。

 当時これは師父が同修の口を借りて私を諭しておられると思いました。そこで、4月に同修に手伝ってもらい家庭資料点を作りました。

 最初、私は夫や子どもに内緒でやりました。夫が仕事に出て、孫も遊んでいるとき私は資料を取り出して、夫が帰る前には綺麗に片付けました。

 時間がたつにつれて、このようにこっそりやることはよくないと思って、事実を夫に話しました。びっくりした夫は、「お前は胆が大き過ぎる、共産党が毎日法輪功を弾圧しているのに、お前が資料を作ると、きっと問題になるぞ、だめだめ」と話しました。「私は決めたことで変えられない」と強気に答えました。夫は共産党に怖がっていましたが、私が相変わらずやっているのでどうしようもなく、次第に諦めました。

 ある日私が資料を作っている最中に息子が早めに帰って来て、とても怒って暴れました。数日後に本人は反省して、謝りに来ました。当時私は許さず、旧暦の新年にやっと実家に戻らせました。そして、真相を息子に伝えて三退を勧めました。

 2004年十五夜の前後、私はパソコンを買って、ブロードバンドを引いて資料のダウンロードおよびUSB資料を通じて同修に伝えることにしました。明慧ネットで『鋤、それからマウス』と言う文章を読んでとても感動し、インターネットにアクセスして、資料をダウロードしようとしました。次第に私は文字入力、文章編集、DVDの焼き込みなどで綺麗な資料を作るようになり、「ママは新時代の人材だ」と娘に褒められました。

 もともと小学生レベルの私は、師父のご加護の下で平穏に8年続けて、資料拠点の運営をしました。師父から知恵を与えられ、同修に助けられたことを感謝します。大法弟子の使命と責任が一層分かりました。

 間違ったところは指摘して下さい。

  師父に合掌!

  2010年6月25日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2010/6/13/225338.html

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