師に手伝って法を正し、畑仕事をしていた私がマウスを動かせるようになった(一) 文/湖北省の大法弟子
(明慧日本)私は1997年に法輪大法の修煉を始めました。法輪大法が私の病気を取り除いたという奇跡によって、妻と息子も修煉の道を歩むようになりました。私たち一家は小さな学法グループになり、一緒に学法、煉功し、お互いに修煉を励まし合い、ともに精進しています。
1999年、法輪功への弾圧が始まり、私たちは法輪功の真相を伝え始めました。夜中に、電柱に大法の真相スローガンを貼り、色紙で作った真相スローガンを中学校に置いたり、貼ったりしました。政府に陳情するため北京へ行きましたが、連行され留置場に入れられました。釈放された後、恐怖のあまり、同修と接触しなくなりました。師父が発表された新経文も見ることができませんでした。心で法輪大法が素晴らしいと分かっていても、学法と煉功する勇気がなく、常人の中に溶け込んでしまいました。
2007年旧暦正月の2日前の夜、2人の同修が家に来ました。彼らは大法が80カ国と地域に広まっている師父の正法の進展と、三退の重要性を話し、『オーストラリア学習者への説法』のビデオを見せてくれました。私は偉大な師父の慈悲と苦しい済度を感じ、師父の慈悲な表情を見て、思わず泣きました。師父は私を再度どん底から救いあげてくださいました。これから絶対に師父の期待と衆生の希望に背むかないと誓いました。それから私たち家族全員が師父の正法の中に戻りました。
師父の各地での説法を学び、師に手伝って法を正し、衆生を救い済度する切迫さを知りました。師父が大法弟子に要求された三つのことをしっかりと行うために、私、妻と息子はいつも夜になると、同修からもらった真相冊子、真相DVD、神韻DVD、とスローガンなどを配ったり、貼ったりしました。昼間は、時間を見つけると携帯電話で真相メールを送信し、顔を合わせて真相を伝え、衆生を救っています。しかし、これでも足りないと思っていました。もし、自分で真相資料を作ればもっと良いのではないかと思いました。しかし、いろいろな人心がわき上がり、勉強しても分からない、良くできない、安全でないと心配し、怖くなりました。
その後、恐怖心は後天に形成された観念だと気づきました。必ず旧勢力は私たちが精進することを妨害しているに違いない、私は宇宙で最も正しいことを行っているのであって、旧勢力は大したことではない、私が強くなれば、他は弱くなると思いました。師父はこうおっしゃいました。「真相を伝え衆生を救い済度することに旧勢力はあえて反対できません。肝心なのは、何かをする時の心構えにそれらに付け入る隙を与えないようにすることです」(『二〇〇二年ボストン法会での説法』) 『明慧週刊』で同修が家庭資料拠点を設立した文章は、私に正念と自信をくれました。
三つのことをもっとしっかりと行うために、法の要求に従い、急いで家庭資料拠点を設立しようと決めました。これは法を実証するための重要な一歩で、修煉の中で恐怖心を取り除く重要な一歩でもあります。同修の助けのもとで私はパソコンを買い、同修はプリンタと消耗品などをくれました。技術面に詳しい同修がパソコンとプリンタの設定と操作を教えてくれました。私は学びながら、メモをしました。このようにして、基本的な印刷技術を把握し、家庭資料拠点が無事に設立できました。
(続く)
2010年7月15日
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2010/7/11/226769.html)
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