日本明慧
■印刷版   

常人の次元にこれ以上とどまらないように(一)

(明慧日本)10年来、長年修煉している一部の同修はずっと、病業や色欲の心を取り除く中で、もがいています。また一部の同修は、繰り返し邪悪に保証書を書いたり、後に厳正声明を書いたりしています。いずれも無理やりで、苦しい修煉状態です。今回のワシントンDC法会で、師父は再び、救われた衆生はまだ足りず、一部の同修はまだついてきていないという問題をお話されました。「最後の時刻がやってくる前に、救い済度される衆生の人数はまだ予定に達しておらず、一部の大法弟子はまだついてきていないので、これはこのことがまだ完成できないことの理由です」(『更なる精進を』)

 一、いわゆる「病業の関」

 師父は次のようにおっしゃったことがあります。1999年以前の大法弟子に対して、師父は「7.20」の前に皆が到達すべき位置に押し上げました。私個人の理解では、平穏に修煉していけば、個人の円満成就は問題ではなく、問題なのは衆生を十分に救えるかどうかです。しかし、10年経って、多くの同修は法を得ましたが、修を重んじず、どんな観念も持っており、人心や執着心も放下できず、どれが本当の自分の本性か、どれが後天的変異なのか分からず、ただ常人のように大法の仕事をしており、同時に「病業の関」の中で繰り返しもがいています。

 実は、それは「病業の関」ではありません。長い間、真に修煉していないため、旧勢力及び旧勢力に利用された卑しい鬼が一斉に身に付き、あなたはやられて駄目になってしまいました。真に師と大法を信じているなら、心の底から問題の本質を見抜くべきで、ほかの空間からきた妨害だと分かるべきで、志を固く正念を発して邪悪を取り除き、同時に内心で自己の執着を認識し、認め、放下すべきです。言い換えれば、このいわゆる「病業の関」は常人の言う病気ではなく、だから常人の治療手段では治せません。自分を本当の修煉者として見なし、法に照らして、主意識を強め、真に強い正念で対処して、はじめて敗を転じて勝と成すことができ、妨害を排除できます。

 二、色欲の心

 色欲の心は人間にとって当たり前のものであり、人間の次元にいれば、これらのものが当然あり、これらのものに操られてしまいます。人間の次元を抜け出し、心性が本当に上がっていけば、低い次元のものがあなたに届かなくなり、あなたについて上がれなくなり、すなわち取り除かれたのです。過去の小道修煉において、入門する前に色欲の心を先に取り除かなければならず、これが常人から修煉者への起点でした。心性が高まらないと、色欲の心が取り除けません。プールの中で服を干すように、どんなに干しても乾きません。なぜなら、あなたはプールの中に入り浸っているからです。色欲の心の中で色欲の心を取り除き、今日は少し取り除き、明日はまた出てきて、他の同修が時間を大切にして衆生を救い済度しているのに対して、あなたは常人の次元の中で這い回っており、自分を駄目にするだけでなく、自分が担当する救い済度すべき衆生も救えなくなります。

 (続く)

 2010年8月8日


(中国語:http://search.minghui.org/mh/articles/2010/8/3/227880.html

■関連文章
重い病業から解放され、体得したこと
「病業」の関からの悟り(二)
「病業」の関からの悟り(一)
病業が現れたら内に向けて探す
「病業」の関を乗り越えた私の体験
同修の病業の関を助けて乗り越えた経験
病業の反応から、内に向けて探すことについて語る
大法の中で着実に修め、一歩一歩をしっかり歩む
最後の邪悪と要素を徹底的に解体する
同修との学法の中で、生死の関を乗り越える(二)