日本明慧
■印刷版   

贈り物に形を変えた迫害

(明慧日本)9月19日の午前、会社の保安課の2人が私の家へやって来ました。市の幹部(610弁公室)が私を訪ねて来るということで、私は直ちに断り、彼らに真相を伝え、この迫害に加担しないようにと教えました。

 保安課の人が帰ってから発正念をしました。30分くらい後に、また保安課の人が別の2人を連れて家のドアを叩きました。私は、続けて発正念をしていました。しばらく経って、彼らは帰って行きました。その後、隣人が私を訪ねて来て、市の書記から中秋(旧暦の8月15日)のプレゼントだと言いながら、果物の箱を差し出しました。私は「その人を知りません。なんの付き合いもない人です。私は受け取れません」と言いました。隣人は私が受け取らないのを見て、箱を廊下に置いて帰って行ってしまいました。私もドアを閉めました。

 お昼の正念を発してから、私は真剣に先ほどのことを考えてみました。あのように対処したのは正しかったのでしょうか? 常人のことに巻き込まれ、果物はまだ廊下にあり、良くない影響をもたらすのではないでしょうか? これは当然、法に基づいて量るべきことです。書記が私にプレゼントをしたのは何のためでしょうか? プレゼントにどんな意図が込められているのでしょうか? 彼らに対して、私に良い感情を持たせて油断させようとしたのではありませんか。最終的にはやはり彼らの意図に従って、私に修煉を放棄させようということなのです(中国は賄賂社会)。これも迫害ではありませんか? 一種の形を変えた迫害です。プレゼントを受け取らなかったことは、正しかったのです。師父はわれわれに「たとえどのような環境にあっても、邪悪の要求や命令、指図には従わないようにしてください」(『大法弟子の正念は威力あるものである』) 果物には表面的には何の問題もありませんが、その中には邪悪の悪い信息が込められているかも知れません。

 私は後で機会をつくり、彼らにこの問題について説明しようと考えています(当然相手が受け入れられる範囲内で)。これも一つの真相を伝える機会であり、それを聞いて常人がどのように考えるかです。同時に、はっきり認識しておかなければならないことは、中共はプレゼント(賄賂)を贈る形式をとり、これは常人を騙すばかりでなく、われわれに対する迫害を隠そうとしているのです。これは陰険な下心で、正念で必ず取り除くべきことです。
 
2010年09月23日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2010/9/21/229943.html

■関連文章
ある行政審査課長の物語
特別なパーティ
真・善・忍で商売をする
私は本当に幸運で、本当に幸せです(二)
私は本当に幸運で、本当に幸せです(一)
師父からいただいた食券の思い出(写真)