■日本明慧 http://jp.minghui.org/2010/11/25/mh265136.html 



内に向けて探すと、プリンタが正常に動き始めた

文/中国の大法弟子

(明慧日本)私が資料拠点(修煉者が各自で大法の資料を作る拠点)を作ってすでに2年が経ちました。資料拠点はできましたが、プリンタはしょっちゅう故障しました。はじめは、問題が起きるとすぐプリンタに詳しい同修を呼んで助けてもらいました。詳しい同修は、プリンタの端末を交換してくれましたが、しばらく使った後、また廃物が出なくなりました。私は気にせず、続けて使用しました。また、収集する容器がいっぱいになった、という信号が現れました。再び同修に迷惑をかけたくなかったので、プリンタを販売店に持って行き、120元を払って直してもらいました。しかし、廃物はやはり出てきません。そのまま使用していると、一連の問題が出てきました。まず、黒いインクが出なくなり、端末を換えるとカラーのインクが出なくなりました。その後は、あっさりと何も出なくなり、白い紙を入れると、白い紙が出てきました。どうしたらいいでしょうか? プリンタに詳しい同修を探しに行くしか仕方がありません。そこに着いて聞くと、その同修はとても忙しく、まず別の同修から資料をもらうことにして、プリンタの件は数日後にしましょう、と私に言いました。
 
 私はまた「天地行」というネットの掲示板に入って教えを求めました。そこで、同修が私に教えた方法の中で、自分でできることを全部試してみましたが、やはり良くなったり、悪くなったりしました。私はがっかりしました。この過程で私は発正念もしましたが、しばらくして効果がないのであきらめました。私は内に向けて探しましたが、いろいろ探しても何の役にも立ちませんでした。私はこう思うようになりました。「資料を作ることは私にふさわしくないのか? 私は他のプロジェクトをすべきなのか? しかし師父は私達に、まんべんなく資料拠点を作るよう要求されたが、誰がふさわしいとか、ふさわしくないとかはおっしゃらなかった」 同修が来てプリンタを直してくれるのを待つしか、ほかに方法はありませんでした。
 
 同修がついに来ました。同修はいつも通り会った途端、私にこう言いました。「現在、問題が生じるのは、100%心性の問題です。内に向けて探すべきですね」 私は「できる方法は全部試し、内に向けて探しましたが、効果がありません」と答えました。同修はプリンタを持ち帰って、私に新しいものを送ってくれました。
 
 これで私は気を付けてプリンタを使えば、絶対に問題が起こらないと思いました。私は自信満々に資料を作り始めました。同修は私に、明慧ネットに掲載された「技術の問題と修煉の要素」という文章を持って来ました。はじめは、読む気がありませんでした。これらの文章を私は全部読んだことがあると思ったからです。私は資料を作る過程も心を修する過程であることを知っていたので、問題が起きると内に向かって探すべきなのは、誰でも知っていると思いました。
 
 私は真相資料をダウンロードしました。小冊子は印刷せず、一部のチラシだけを印刷したのに、プリンタが突然、また動かなくなりました。コンピュータのモニターに「黒いインクの大きい容器が識別できません。インクの容器は空っぽで、インクがありません」という情報が現れました。しかし、インクのパイプにも、インクの容器の中にも、インクがいっぱいありました。私は驚いて気が付きました。これは邪悪が私の資料を作ることを邪魔するものでした。邪悪はずっとこのような方式で、私の意志を打ち砕き、私をがっかりさせました。私は自信を失って、この仕事をあきらめようとしていました。
 
 私は発正念を始めました。しばらくしても、オレンジ色のランプは光ったままでした。私は「今日はこれで終わり、まずは学法しよう」と思いました。翌日、コンピュータを開いてみると、プリンタは故障したままでした。この時、私は同修がくれた文章を思い出し、文章を読んで、どこで問題が起きたか、ハッと分かるようになりました。私は内に向けて探し、自分に多くの問題があることに気付きました。
 
 一、発正念をする力が足りません。毎回、発正念をする時、あれこれとくだらないことを思いめぐらし、根本的に落ち着くことができません。実際は形だけで終わるのです。煉功の時も同じです。本当にすごい勢いで、何でも浮かび上がるのです。まさに師父が『転法輪』の中でおっしゃったとおりです。「多くの人は練功する時に、正しくない考えをもっています。站とうをする時、手足が震え出すほど疲れているにもかかわらず、頭の中は休んでおらず、さまざまなことを考えています。『物価が上がりそうだから、少し買い溜めしておかなくちゃ。練功が終わったらすぐ買いに行こう。値上がりしたら大変だから』」 普段誰かに、スーパーでセールをしていて安売りしている、と言われたら、私はすぐ買っておくべきだと思いました。昼間は常人のものに執着し、夜に煉功する時は映画を放送しているように頭の中でひらめくのです。ある時は師父の声さえ聞こえません。これで良いものを煉ることができるのでしょうか? 最も深刻なことは、これらの思想業力をずっと自分のものだと思い込んで、旧勢力が思想業力を利用して邪魔をしているとはまったく認識できなかったのです。長い間、ずっとこうでした。重視しませんでした。
 
 二、師父と大法に対する信念が足りません。師父は次のようにおっしゃいました。「そのため、彼らは目で見たものこそ真実で、見えないものは信じられないと固く思い込んでいます。昔はずっとこのような人は悟性が悪いと見なされていましたが、なぜ悪いか多くの人ははっきり説明できません」(『転法輪』) 私は悟性が悪い人に属します。実は、私が修煉を始めてまもなく、師父は私に天目を開いてくださいました。以前、私達の煉功場が赤い光に覆われており、師父、老子、そして孫悟空が煉功場の上に座り、師父に私達の煉功の様子について話しているのを私は見たことがあります。
 
 目を閉じると、私は他の空間のいくつかの美しい光景が見えました。山水など、とても純粋で美しく、それらの花の色は私達のこの空間では探せないものでした。しかし、私はこのようなことに対してずっと、ある程度は半信半疑だったので、その後、あまり進歩がありませんでした。これも常人の中でできた「目で見たものこそ真実である」という観念による障碍で、根本から常人の観念を変えたのではありません。問題にぶつかるとやはり常人の考えになりやすかったのです。究極的な原因は、自分が中共の無神論にあまりにも毒害されて、表面上では取り除いたようですが、根はまだ完全に取り除いていないので、一定の環境の下で毒害される要素が未だに続くのです。
 
 三、口を修めることを重視していません。私は以前、くだらないことをよく心配しましたが、修煉してから常人に干渉することがずいぶん減ったと思います。しかし、まさに師父が「しかし常人の中で修煉するということは非常に複雑なことです」(『転法輪』)とおっしゃったとおり、家族は何かが起きると、また私を探しに来ました。初めのうちはあまり関わらないようにしましたが、時に油断するとまた常人のことに巻き込まれてしまいました。家族が誰かをどうのこうのと言うと、自分も一緒に言い、自分の思いで細かなことにけちをつけました。時には、外で何か口コミのニュースを聞いて食事の場で家族に言うのが好きでした。そのような時には自分が修煉者であることを完全に忘れていました。
 
 毎日学法し、毎日法を暗記しているのに、どうして修煉者の基準どおり自分に厳しく要求できないのでしょうか? 良し悪しをはかる基準は宇宙の特性なのに、なぜ万事に自分の個人的な観念を発表しようとするのでしょうか? これも顕示心ではありませんか? 同修の間でも同じです。この同修に執着がある、あの同修がよくできていない、また同修に、学法は形だけではいけない、法の教え通りにしてこそ修めることであると気付かせます。これでは、私は外に向けて探しているのではありませんか? 同修は鏡ではありませんか?なぜ自分の不足を照らして見ないのでしょうか? 内に向けて探す、内に向けて探す、と口ではとても言いやすいですが、本当に実行するのは容易ではありません。自分を本当の修煉者と見なしてこそできることです。
 
 私は自分のこれらの執着を探し出した後、発正念をし、師父と正神の加持をお願いしました。私はきっと自身の思想業力を取り除きます。思想業力は決して私ではありません。私は思想業力を承認しません。この時、師父のおっしゃった次のような法が私の頭の中に打ち込まれました。「法を正すことは必ず成功し、大法弟子は必ず圓満成就します」(「ご挨拶」)その瞬間、私は本当に無限の力を感じました。私が発した「滅」という字が全宇宙に満ち、自分の頭で天を受け、足は地を踏ん張っているように感じました。その瞬間、師父のおっしゃった念力を集中して発した「滅」という字の威力がどれほど大きいかを、私は本当の意味で実感できました。
 
 私は以前も「滅」を念じましたが、それは形式的に行うだけで、要求に達したことがありません。今日、私は体験しました。私はそれらの思想業力を見ました。黒っぽいものが私の空間場をたくさん占めていました。ワニのようなものが、口を大きく開き、私に向かって来ました。私はすぐ「師父!」と叫びました。その瞬間、そのワニのようなものは師父によって収められて行きました。正邪の大戦を経て、私の空間場はきれいになりました。師父は高く高く座られ、発した千万の光は私のすべての空間場を明るく照らしてくださいました。
 
 発正念が終わって、私が目を開いた時、この空間での現れは、プリンタのオレンジ色のランプが消え、プリンタがまた正常に動いていることでした。明瞭で美しい資料が1枚ずつ外に出てくるのを見て、私は瞳が潤んできました。私は両手で合掌しました。師父、ありがとうございます! 同修、ありがとうございます! 大法の奇跡が私の目の前に表れました。これ以上、師父、大法、そして自分の目にしたすべてを信じない理由がありません。これ以上、精進しない理由はありません。さらなる精進を誓います!
 
 私は心の中でこう言いました。「師父、弟子は精進せず、今日になってやっと悟り、本当に師父に申し訳ありません。これから私はきっとしっかり行います!」
 
 以上は私のわずかな体験です。不適切な所はご指摘ください。 
 
2010年11月25日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2010/11/1/231787.html

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