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基準に達する大法小弟子になれますように(一)

(明慧日本)

一、学法して、修煉を始める
 
 私が生まれる2年前に、お母さんは修煉を始めました。だから、お母さんは私が生まれてから、ずっと私を大法の子ども弟子として育てました。『洪吟』を暗唱したりして、私はずっと4歳まで修煉の環境の中で成長しました。しかし、その後の数年間、仕方なくお母さんと離れ離れなりました。私はだんだん大法と疎遠になりました。8歳半の時、やっと再びお母さんと一緒になれた私は、大法に対してあまり理解を持たず、修煉しようとも思いませんでした。また、お母さんがまた捕まえられることを恐れて、私は無邪気にお母さんに修煉を放棄するように勧めました。しかし、お母さんの信念に感動して、私は少しずつまた大法を受け入れました。
 
 最初、お母さんについて『転法輪』を読む時、私は毎日1、2行しか読めませんでしたが、だんだんと10ページも読めるようになり、日本に来てからほぼ毎日流暢に1講を読んでいます。しかし、法を学ぶ時に怠けたり、眠くなったり、疲れを感じて姿勢をくずしたりして、お母さんに指摘されても素直に受け入れようとしませんでした。私は読み違えた部分に関して、お母さんの「もう一度正しく読んで」という指摘に従いません。お母さんが絶えず私に法理を教えてくれたおかげで、私は師父の大法は人を救い済度できる佛法なので、すべての文字はきらきらと黄金色に光っており、勝手に字を漏らしたり加えたりするのは、大法を壊すことに等しいと分かりました。それから、私は速度を落としてまじめに読んで、読み違えたらすぐ改めるようになりました。
 
 二、業力を滅する
 
 4歳まで、私は病気になって病院に行ったことはありません。1歳の時、高熱を出して嘔吐したことがありますが、3日で自然に治りました。
 
 子供が小さい時に「病」が現れるのは、母親がどれだけ大法を信じるかの試練であり、大きくなってからは子供自身がどのように「病」を認識するかだと、お母さんは言いました。
 
 私が中国にいた10歳のころ、突然足に赤い疱疹が現れて、ますます広がり、とてもかゆかったのです。お母さんは、これは業力が滅されているので、ちょっと我慢したら乗り越えられると言い、私に内に向かって探して欲しいと言いました。私も業が滅されると信じていますが、かゆくてたまりません。病院から薬をもらって、塗ったらきっと楽になると思いました。しかし、薬を塗った後、良くなるどころか、寝つけないほどもっとかゆくなりました。常人の方法で治らず、やはり師父を信じようと思って、夜中に私は正念を発してから寝ました。結局、何日か経って、赤い発疹は少しずつ消えました。このことを通して、私は大法の素晴らしさを実感しました。日本に来てからも、私は師父を固く信じる気持ちをもって、師父のご加護のおかげで数回の病の関を乗り越えました。健康な身体をくださった師父、ありがとうございます。
 
 (続く)
 
2010年12月12日

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