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返本帰真に向かって疾走し続ける(一)
—中国国内と日本での修煉体験

文/日本の大法弟子

(明慧日本) 
 
 一、法輪功の修煉を始める
 
 1997年5月、私は中国国内で法輪功の修煉を始めました。当時、結婚して3年が経過していましたが、子供が授からず、病院での検査結果は「精子がない」と告げられました。現代医学においても、これを治す方法はほとんどないそうです。私は、治療のために大病院を多く訪ね回りました。どこかに不妊症の治療ができると聞けば、すぐに行って診てもらいました。薬を飲み、多額の治療費を費やしましたが、効果はありませんでした。
 
 修煉する以前の私の身体は痩せこけていて、インフルエンザが流行ると間違いなくうつされてしまい、薬も全く効かず、点滴するしかありませんでした。しかし、修煉を始めた日から、私の身体は大きく変化し始め、薬も注射も不必要になりました。その日から、私は大法を固く信じるようになり、不妊症の治療薬から離れ、身体が軽くなり、仕事にも力があふれていました。法を絶えず学ぶにつれ、心性も向上し、酒も飲まなくなりました。以前は、妻とよく喧嘩をしていましたが、法を学んでからは、いかなることに遭遇しても、内に向かって自分の不足を探して改めるべきだと分かり、家庭が円満になりました。
 
 私は3回連行されて、拘束されたことがあります。1回目の出所1カ月後、妻が妊娠しました。2000年に男の子が生まれて、今10歳になります。私は修煉後に大きく変わりました。大法の素晴らしさを知っているため、多くの人に大法を知ってもらいたい! 多くの人に恩恵を受けてもらいたい! と思いました。それで私は、法を広めるため、他の同修とよく農村に足を運びました。人々が真剣に功法を学ぶ姿を見て、一番嬉しく感じます。
 
 二、3回逮捕されて正念で突破し、情に動じず獄中で法を実証する
 
 1999年7.20以降、中国共産党(中共)が狂ったかのように師父を誹謗中傷し、大法弟子を迫害し始めました。全国で大規模な邪悪な宣伝が始まると、私の家の環境も変化し始めました。家族は私の修煉に対して、支持から心配と恐怖に変わり、私の修煉を邪魔するようになりました。さまざまな圧力に直面して、私は冷静に考えた末、大法には非がなく、師父が最も正しい、この大法を必ず最後まで修煉し続けようと決心しました。
 
 法を学ぶ時間が足りず、自分をよく修めていなかったことや、さらに内に向かって探さなかったことで、邪悪が隙に乗じて、3回も私を連行しました。3回目の迫害は最も深刻でした。
 
 3回目に逮捕された時、呼蘭刑務所に移送されました。受刑者のリーダー・何岩は、一緒に移送されてきた9人の同修に「三書を書け」と命令しました。皆は断じて書こうとしませんでした。すると何は、体の大きい受刑者4人を連れてきて、「皆が書かない? それじゃ、身体が丈夫で殴るのに耐えられるやつ1人を連れ出せ!」と、憎憎しげに言いました。するとすぐに、1人の同修が連れて行かれました。しばらくすると、殴られる同修の悲鳴が聞こえてきました。長い時間が経過し、何は部屋から出てきました。殴られた同修も涙を流しながら辛そうに出てきました。何はペンと紙を持ってきて、彼に「三書」を書かせました。何は満足そうな顔をして、残っている私たち8人に向かって、「もし三書を書かず、転向しなければ火葬にしてやる。呼蘭刑務所の転向率は100%だぞ」と、脅しました。このような高圧の下で、同修たちは仕方なく、目に涙を浮べながら次々と三書にサインしました。
 
 私は皆が書いたのを見て、すでに恐怖心が生じていました。「私はいかによい人間になろうとしたかだけを書こう。修煉を止めるとか、大法に不敬な言葉を書かずにごまかそう」と考えていました。私は「三書」を書き終えて、考えれば考えるほど、間違ったことをしたと思いました。
 
 師父は、「大法弟子として、あなたの一切のものは、ほかでもなく大法が構成しています。これは最も正しいもので、一切の正しくないものを正すしかないのですが、どう して邪悪に対して屈服してしまうのでしょうか? なぜ、邪悪と何らかの約束を交わしてしまうのでしょうか? いくら不本意なことでも、これは邪悪に対して妥協 しているのであって、これは人間の中ですら良くない行為であり、神には絶対このことはできないのです。迫害される中で、たとえ本当にこの人間の皮を脱ぎ捨てたとしても、大法の修煉者を待っているものは、同様に圓満成就です。反対に、いかなる執着と恐れる心も、あなたを圓満成就させることはできないのですが、いかなる恐れる心であろうとも、それ自体、まさにあなたが圓満成就できない関であって、あなたを邪悪な方向に転向させ、裏切るように仕向ける要素でもあるのです」(『大法は堅固にして破壊不可能である』)とおっしゃいました。
 
 この法を思い出すと、書いたことをとても後悔しました。私は「真・善・忍」を修めて良い人間になろうとしているのであって間違ってはいないし、邪悪に妥協すべきではありません。私は他の同修と交流しました。「三書」を書いた1人の同修が、「あなたのような書き方では通用しませんよ。警官が彼らの思い通りに修正して、あなたが書いたことにしますよ」と、言いました。これを聞いて、私は内に向かって探し始め、自分には恐怖心と安逸心があることが分かりました。私はすぐに師父の経文を繰り返しに暗唱しました。
 
 師父はこのようにおっしゃいました。「あなたに恐れ有らば、它はじきに抓む、念を正しくすれば、悪はじぐに崩る、修煉の人法を具え、正念を発すれば爛鬼炸く、神世に在りて法を実証す」(『洪吟二』「何を恐れる」)私は、思い出せる経文をすべて繰り返し暗唱し、正念も絶えず発しました。私は師父のお言葉、「いかなる心も動じなければすべての変動を制することができます」、「邪悪が止まなければ正念が止まず」、「正しければ、すべての邪悪を抑えることが出来る」をしっかりと頭に叩き込みました。暗唱する間も、恐怖心が時々出てきて、心臓の鼓動も激しくなり、様々な人心が湧き出てきた時、「これは私ではない。後天に形成された人間の観念だ。偉大な神であるならばきっと違う。私は、師父の正法に力を注ぐために来たのだ。正しくないものを正すために来たのだ。邪悪に流されてはいけない。宇宙のすべての神が皆、私を見ている。師父にご加護を願って、必ず邪悪に勝ってみせる」と考えていました。
 
 数日後、警官が一人ひとりを呼び出し始め、最後に、私が呼ばれました。警官は、私に彼らの修正した反省文を渡して、「写せ」と命令しました。その時、私の心臓は激しく鼓動し、恐怖心が湧き出てきました。躊躇している間、警官に電話がかかってきたため、私は少し考える余裕がありました。これは、師父が下さったチャンスだと分かっています。私は絶えず自分の正念を強め、恐怖心と警官を操る邪悪を取り除こうとしました。
 
 警官の電話が終わり、私は「写しません。法輪功は人に良い人間になろうと教えているので、間違っていません。中共が『真・善・忍』を信仰して良い人間になろうとする人を迫害することは、間違っています。良い人間になろうとする人が、なぜ反省文を書く必要があるのでしょうか? 何を反省するのですか? 良い人間になるべきではないとでも書くべきですか? 国民の道徳の向上を願わない国がどこにあるのでしょうか? 良いものを悪いものと言い、恩恵を受けたのに騙されたと書き、修煉で健康になったのに治っていないと書くのは、私にはできません。法輪功は私に『真・善・忍』を基本理念として良い人間になり、嘘をつけてはいけないと教えています。だから、良心に反する事ができないので、書くなら事実しか書けません」と話した後、警官に真相を伝えました。その後、警官は再び邪説の屁理屈をつけてくるので、私は仕切りに正念を発していました。
 
 それから、課長・警官・受刑者のリーダーらは、それぞれの態度と方法で私を説得しようとしました。すべての邪悪が私に向かってきたと感じました。「いかなる心も動じなければすべての変動を制することができます」、「雷に打たれても動かず」、「忍び難きは忍びうる。行い難きも行いうる」(『転法輪』)と暗唱しました。私は師父と法を固く信じました。すると、邪悪が受刑者を操って、私の精神と肉体に強い迫害を加えてきました。「師父、ご加護をお願いします」と願うと、木の棒で全身を叩かれたのですが、痛みがなく、ただ叩かれた所が晴れ上がり、紫色になっていました。でも、すぐに回復しました。今度は、警官が家族を連れてきて、「まだ、反省しないのか? お父さんがあなたのことで心臓病が再発し、救急車まで呼んだ」、「子供が病気を患い、命が危ない」、「反省しないと、奥さんに離婚されるかもしれないぞ」などと言って家族の情で私を落とし入れようとしました。家でこんなに多くの事が起きていたのかと知ると、私の心はナイフで少しずつ削られるように辛く、家族のことを心配するようになりました。
 
 しかし、私はすぐ内に向かって探し、大法を信じる気持ちをいっそう強めて、師父が按排してくださった道を歩み続け、すべてに動じることなく、何も求めず、自然に任せようと考えました。師父は『転法輪』の中で、「常人とは情のために生きているものです。しかし、煉功者として、超常的な人間としては、その理で量るわけにはいかず、そこから抜け出さなければなりません。したがって、情から派生した数々の執着心に、われわれは淡泊であるべきで、最後には完全にそれを捨てなければなりません」とおっしゃいました。
 
 師父の法を思い出して、私は家族に「修煉後、私の変化また他の修煉者の変化を目にしていたでしょう。法輪功に非はないし、私にも非がありません。非があるのは、中共がデマをでっち上げて法輪功を迫害すること、事実を曲げること、良い人とその家族を迫害し、人を良い人間にさせないことです」と、説得しました。
 
 大法弟子がみんな発正念し、真相を伝えていくにつれて、邪悪がだんだんと減り、各方面において厳しさが和らいできて、警官も私に何も押し付けようとしなくなりました。引き続き、私は刑務所の環境を正し、迫害に反対しようと考えました。警官らは私を24時間監視し、学法するところ、また煉功するところを見ると、すぐ殴ってきます。心を静めて学法して、私は自分の不足を見つけ出し、さまざまな執着心を取り除きました。同時に、接触できる人に真相を伝えました。だんだんと、私は自由に煉功・学法・法を写すことができるようになり、師父のほとんどの経文を手に入れて、各部屋の同修に回しました。私は強制労働を常に拒否し、警官も私の煉功するところを見ても、すぐに離れていくようになりました。
 
 ある日、刑務所の指導員は私が煉功しているのを見て、私を事務所まで呼び出しました。この機会を利用して真相を伝えようと思いました。事務所に入りドアを閉めた後、指導員は「煉功することは禁止しません。あなたたちのことを私は全部分かっています。しかし、私に見られた以上、受刑者の前で何もしないわけにはいきません。ここにしばらくいてください」と言いました。私は「ありがとうございます。あなたに面倒を掛けるようなことはしません。あなたたちは仕事なので仕方がないと理解しています。大法を迫害せず、しかも大法を守った人は、皆よい未来を切り開くのです」と言って帰りました。指導員と受刑者たちは真相が分かるようになり、多くの受刑者たちが三退しました。
 
 (続く) 
 
2010年12月21日


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