「善」によって私は危険な状態から切り抜けた
文/黒竜江省の大法弟子
(明慧日本)朝出勤する時、あるタクシーの運転手に真相を伝えました。彼はずっと黙っていました。私は、彼が黙々と聞いていると思って、中共の腐敗から近年行った運動で迫害され死んだ人が8000万人いること、人が治めなければ天が治めることまで話しました。
私が彼に仮名で「三退」をさせようとした時、彼は憎々しげに「私は信じないよ。あなたは法輪功を信じており、私に2回も同じ事を話した」と言いました。私は「それは私達の縁が深いことを示しています。私は、あなたの生命が永遠であると考えなければなりません。今、お金の山を持っていても、無事でなく、健康でなければ何の意味がありますか。あなたが脱退して平安を守ればどんなに良いことでしょうか?」
この時、ちょうど赤信号になって交差点で止まり、タクシーの近くに警官がいました。運転手はタクシーのドアを開いて言いました。「警官さん、彼は法輪功をやっています」警官の視線はすぐ、運転席の隣の私に向きました。私はその時に落ち着いて、少しも動じず、微笑みながら警官を見ました。まるで、彼と長年の古くからの友人のように、善意が私の顔に現れていました。
警官からすぐさま口をついて出たのは、「法輪大法はすばらしい!」でした。私は微笑んで彼を称賛してうなずきました。これを見た運転手は焦って、憎憎しげに言いました。「彼は法輪功を信じています。彼を捕まえて」私は依然として動じず、心の中は平然として、満面に笑い、警官を見て心の中で考えました。「すばらしい。あなたはこんなに邪悪な環境の下で大法がすばらしいと言いました。あなたは救われます」警官は運転手を相手にせず、頭を別のところに向けました。運転手が何かを言おうとした時、信号が青になり、運転手は車の流れに従って進まなければならず、悔しそうに離れました。
タクシーの中で、私は憎まず、非難せず、慈悲をもって運転手に話しました。「今日あなたはとても大きな悪い事をしました。あなたは『法輪大法はすばらしい』と信じ、また法輪功の修煉者に善で接しなければなりません。こうすると福の報いがあります。あなたの法輪功に対する誤解はすべて中共の代弁者であるテレビ放送局など、メディアのでっち上げの宣伝を信じたからです」と、私は彼に多く話し、「他の法輪功修煉者があなたに真相を伝えた時、あなたは脱退してください」と話しました。彼は聞いた後で以前のように怒らず、急におとなしくなってしまいました。
この事を通して、私は、問題に出会った時、心が動じず、善で、慈悲でなければならないという師父の『二〇〇九年ワシントンDC国際法会での説法』の説法を思い出しました。「必要なとき、あなたは理性をもって、冷静になり修煉者らしく振舞わなければならず、自分の責任、自分の正念が主導的になるようにしてはじめて、あなたの本当の善が現れます。これは修煉者と神との違いです。これは慈悲であり、わざと表したのではなく、人間の善悪と好みの表れではありません。やさしくされたら善をもって接するということではありません。それは代価がなく、報酬も気にせず、まったく衆生のためのものです。ですから、慈悲が現れると、この上ない力があり、いかなる良くない要素も解体されてしまいます。慈悲深くあればあるほど、力が強くなります」
2010年12月30日
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