■日本明慧 http://jp.minghui.org/2011/01/13/mh134137.html 



全体で協力し同修を救出した経験(一)

文/中国の大法弟子

(明慧日本)地元の同修数人が連行された後、同修たちは交流を通じて、弁護士を雇って同修の無罪を弁護することに決めました。同修を救出して、衆生を救うことを続けると同時に、多くの人、公安局、検察院、裁判所の人に真相を知ってもらうことにしました。こうして、同修たちは毎日24時間、続けて発正念しましたが、弁護士が脅されて当事者にも会えないまま弁護することをやめました。私たちは交流をして、原因は弁護士に頼りすぎて、結果に執着したからだと分かりました。法理上では大法弟子が主役で、結果に執着してはならないとはっきりと分かっているものの、実際はできていません。徐々に多くの同修は気が抜けてきて、ある交流の中で、半数以上の同修が続けて発正念をすることをやめると言いました。
 
 みんなは法理上で間違っていることに気づいた後、観念を替え、全体で協力し、それぞれの同修は自分が負担することに責任を持つことにしました。結果に執着する同修には、お互いに気づかせてあげました。事の進展を知りたければ、まず自分が協力する過程を見ます。ある同修は夜1時に発正念することを按排されましたが、寝過ごしてしまい、起きた後、「全体で協力しなければならない、邪悪を見逃すわけにはいかない」と思い、1時間の発正念で補いました。
 
 裁判が始まる事を知った後、裁判の2日前、北京から来た弁護士に無罪を弁護するように伝え、また多くの人々に傍聴し、真相を知ってもらうように、招待状を送りました。
 
 裁判の前日、ほかの地域の同修が弁護士の準備した書面を見るよう促してくれました。書面を確認した後、弁護士が無罪を弁護し、真相をすでに知ったと思っていました。裁判の当日、同修が急いで弁護士のところに行ったところ、弁護士への圧力が大きく、直接信仰が無罪であると弁護するのは無理がある。もし、弁護をすれば二つの結果がある。一つはもう彼を見ることができない、二つはその場で追い払われると示しました。同修はあきらめず説得しましたが、弁護士は最後に力を尽くすと示しました。もし、信仰が無罪である事を弁護できなければ、私たちは弁護士を雇う意味がありません。しかし、裁判の時間は近づいています。同修たちは近距離で発正念をしました。そのとき、心に圧力を感じたので内へ向かって探しました。弁護士の態度から自分に恐怖心と自分を守る心が見つかりました。数人の同修と交流して、この情報を皆に言わないで、ただ心を落ち着かせて発正念をする事に専念することを決めました。それから、今日は裁判を行わないという情報がすぐに来ました。
 
 (続く)
 
2011年01月13日


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