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至る所に現われた奇跡(二)


文/中国の大法弟子・福稷

(明慧日本)
 
 20キロの足枷を掛けられても、座禅は自由自在
 
 2005年5月中旬、私は再び連行されました。私たちは外で集団煉功しましたが、2カ月後、邪悪な610弁公室に破壊され、数人の同修も連行されました。私は同修と交流し、大法は正しく、私たちの学法と煉功には何も間違いがないので、中共の武装警官に銃で脅されても煉功をやめてはならず、どの場所も私たちの大煉功場だと考えました。
 
 深夜4時ごろ、同室の6人の同修は皆起きて座禅をしました。ある警官は、小窓から私たちが煉功しているのを見て脅しましたが、私は動じませんでした。「常人は私を知らず、我、玄中に在りて坐る」(『洪吟』「覚者」)
 
 警官の大きな叫び声が止まなかったため、周りの常人は皆私を責めました。警官は受刑者に指示して、私の足を下げようとしましたが、数人が力を合わせても私を倒せませんでした。片足を下げられても、私は手を使わず、足を上げて座禅しました。数回渡り合いましたが、受刑者らは疲れてしまいました。最後に、警官は「明日やっつけてやる」と怒りました。このようにして、私は夜明けまで座禅しました。
 
 朝食の後、2人の警官と数人の男性受刑者が足枷を持って入ってきました。1人は手のひらで私の顔を10数回強く叩きました。私の頭は鉄のドアにぶつかりましたが、痛みをあまり感じませんでした。その後、後頭部に腫れた塊があることに気がつきました。
 
 彼らは罵声をあびせながら、私の両足に20数キロの足枷を掛けました。これは死刑囚に掛ける刑具です。同室の人は「煉功しただけでこんな刑罰を受けるなんて・・考えられない」と言いました。
 
 私は落ち着き、大法に対する堅い信念がすべての魔難を乗り越える強い力になると思いました。私は両足を持ち上げましたが、足はラーメンのように軟らかく軽いと感じ、足枷の存在を何も感じませんでした。
 
 監禁室は大騒ぎになり、法輪功修煉者が足枷を掛けられても相変わらず座禅をしていると驚きのニュースが流れました。すべての人は皆「法輪功の師父はすばらしい、こんなに強い弟子が育ちました」と歓呼の声を上げました。同室の人は皆私を尊敬し、私の苦痛を軽減する方法を考えて、ひそかに足枷を開きました。同修たちは皆ハンストをして、刑罰をやめるよう強く抗議しました。
 
 その後は毎朝、中庭で皆が並んで、1999年7.20以前のように煉功しました。警官は見て笑うだけで去りました。 
 
 ツバメのように軽々と2階から飛び降りた
 
 私は市の中共のトップに手紙を送り、続けて大法の素晴らしさを実証し、各中共部門に真相資料をたくさん送りました。私は2009年9月、真相資料を送ったとき連行されましたが、尋問には一切答えませんでした。夜、警官らは私を部屋に閉じ込めました。
 
 私はここに閉じ込められてはいけないと思いました。どのように離れるかを考えて、窓から飛び降るしかないと思いましたが、こんなに高い場所から飛び降りて、もし骨折したら、警備員が懐中電灯をもって回っているから、見つかったらどうしよう、といろいろ考えました。
 
 私は両手を合わせ、心の中で師父に加持を願い、自分を落ち着かせました。私は法を実証する多くの仕事があり、外に出なければならないと思うと、すべての雑念が一気になくなりました。
 
 私は夜中の2時半〜3時半に、人の出入りが少ないのを見計らって、まず、かばんを窓から下へ投げ、その次に、窓の外にある空調の電線コードを踏み、一階の窓の手すりを掴んで飛び降り、ちょうど深い溝を避けたところでツバメのように軽く着地しました。
 
 私は先に投げたかばんを拾って門へ行き、椅子の上でふらふらしている2人の警備員を見ましたが、1人の警備員はうとうとして手で門を指しました。私は落ち着いて警備員のそばを通って出ました。 
 
 身体が固定されて動かなかった
 
 私は昔の修練法の影響で、大覚者になるためには大きな苦難を受けなければならないと思いました。その一念が旧勢力の按排に符合したため、修煉の中に漏れがあり、すぐ旧勢力に魔難を按排されました。2001年3月、私は労働教養所に送られました。その邪悪な場所は至る所に謀略と険悪があふれ、修煉者の正念がなければ乗り越えられないところでした。
 
 5月14日、警官はすべての卑劣な手段を使って私を転向させようとしました。私は師父の教え、「たとえどのような環境にあっても、邪悪の要求や命令、指図には従わないようにしてください」(『大法弟子の正念は威力あるものである』)の通りにしました。
 
 警官らは毎日やり方を変えて私を迫害しました。数日後、20数人の警官が私を囲み、最も汚い言葉で私に罵声を浴びせましたが、私の反応が何もないのを見て、手と足を出して責めました。
 
 私は師父の法、「忍とは意気地がないことではなく、ましてや理不尽な待遇を耐え忍ぶことでもありません」(『精進要旨二』「忍の限界」)を思い出し、自分は金剛不動の大法弟子ですから、力が大きく無限だと考え、両腕を振り回し、警官らを振り回しました。警官らが私に近づくと、私は警官らを振り回し、目覚めてほしいと思いました。
 
 その後、私は毎日このように迫害され続けることは良くないと思いました。「転向」は修煉者にとって恥であり、大法を侮辱するものだと考え、「天地から証明をいただき、私は今生師父に背けば、雷に遭う」と誓いました。そのとき、あるエネルギーが私を包み、身体が固定されて動けませんでした。警官らが私を引っ張っても、掻いても、目に触れても、目玉さえ動かせませんでした。このように、私は一歩も動かずに3時間立ち続けました。警官らは怖くなって私から離れました。数日後、私はそこを離れました。
 
 (続く)
 
 (明慧ネット「神が人間界にいる」応募原稿)
 
2011年03月21日


(English:http://www.clearwisdom.net/html/articles/2011/3/13/123779.html
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