私が経験した奇跡の脱出劇(一) 文/中国の大法弟子
(明慧日本)私は障害者で、14年ほど前に法輪大法の修煉を始めました。修煉者としての自覚を持って厳しく大法に従えば、容易に目の前の魔難が消えて、大法の神通力が現れてくると、私は悟っています。私は何度も警備の厳重な留置場、精神病院、洗脳班から脱出した経験を持っています。正念で手錠を外すこと、鉄製の手すりをうどんのように柔らかく変形させること、目の前にいる警官は私が見えないこと、刑務所が飼った警察犬が私を見ても吠えないことなど。すべては大法が私の身に現した奇跡です。
防犯用金網から脱出
2000年3月北京に陳情に行った私は捕まえられ、洗脳班に入れられました。同修と交流をする時、大法弟子はここに拘禁されるべきではないと私は言いましたが、私たちは良い人になろうとしているので、脱出すると常人は我々を理解しない、と他の同修は言いました。どうすれば良いか悩んでいた時に、師父はご啓示を下さいました。ある日、一日中、私は目の前にずっと門が見えました。夢かと思いましたが、リアルに夢でない現実でした。
私たちは良い人になろうとして法律も犯していないため、ここに拘禁されるべきではないと私は悟りました。私がいる部屋は鍵をかけられており、窓の外にとても厚い防犯用金網が装着されていました。私が金網を手で押すと、意外に一部分が切れました。その晩、当番の警官が寝てから、私はそれほど力も出さずに金網を曲げたら、頭より少し大きい穴が開きました。しかし、骨盤は穴から出られません。私は、絶対ここから出る! と思った瞬間、骨盤が穴から抜け出ました。中庭を横切る時、庭にいる警察犬が走ってきました。「警察犬よ、私は法輪大法を修める人で、彼らに迫害されているのです」と言いました。犬は私の言葉が分かったように、しっぽを振って吠えませんでした。このように、師父のご加護の下で、夜中に私は魔の巣窟から脱出しました。事後、「あなたは、骨を縮める超能力でもあるのか」と警官に聞かれたこともあります。
精神病院から脱出
2000年9月、家にいた私は現地の「610弁公室」の人たちに連行され、精神病院に入れられました。薬を飲まされて薬物を注射され、4日間も飲食できずにぼんやりして、立っても座ってもイライラしていました。自分は修煉者で人生の道は師父に按排して頂いており、ここは私のいるべき所でない、私は外に出て大法を実証しなければならないと、そのような恐ろしい環境に身を置かれても私は認識していました。精神病院の看護婦は「610弁公室」の命令を受けて、私が病室を出ることを禁止していました。ある日の朝、看護婦にごみ捨てを命じられたある患者が起きられず、私は自分が修煉者なので手助けをするべきと考えて、彼の代わりにごみ捨てに行きました。私を見張っていた看護婦は、その日は頭も上げておらず、看護婦長もずっと私に微笑んでいました。どうして私に微笑むのか、と不思議に思った時に、門外に一台のタクシーが来ました。これは師父の按排だと分かって、私は直ちにタクシーに乗って精神病院を離れました。
留置場から脱出
2001年7月、私はある資料拠点に行った時、そこに張り込んでいた警官に捕まえられて、留置場に監禁されました。私は「留置場規則」を暗記すること、留置場の制服を着ることを拒否し、また自分が受けた迫害に反対するために断食抗議をしたために灌食をされました。灌食の時、私はずっと「法輪大法は素晴らしい」と大きな声で叫んでいました。自分の体がとても優しく床に置かれたのを感じて、灌食の苦痛を何も感じませんでした。数日後、発正念の時、目の前に塩と砂糖各半分が入ったさじと「10日間」の字が現われました。10日後、私はここを出られるが、そのうちに苦難を食わされることがあるのだ、と私は悟りました。天目で見た光景とはいえ、それに執着してはいけないと私には分かっていて、頭では「法を正す」こと以外何も考えていませんでした。私は囚人たちに法輪大法の素晴らしさ、大法が誹謗中傷される原因などを伝えました。また警官に真相を伝えて、真相を理解した警官は自分の当番の時に私の手錠を外してくれました。
私は体調が悪化して、留置場の診療室で心筋梗塞と診断されました。灌食するとすぐその症状が出て、外見はとても苦しそうですが、頭部に少ししびれを感じるほか、何の苦痛もなかったのです。留置場は責任を負いたくないがために、10日目に私を現地の「610弁公室」に戻しました。
(続く)
(明慧ネット「神が人間界にいる」応募原稿)
2011年03月23日
明慧ネット:jp.minghui.org
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