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骨折した背骨がわずか4日で回復

文/河南省の大法弟子・彩雲

(明慧日本)私は今年52歳になります。私は小学校2年生までの教育しか受けたことがなく、修煉を始めた頃は『転法輪』を苦労して読んでいました。しかしその後、私が当地区のパソコン技術担当者になったことは、法輪大法の超常さを実証しています。師に手伝って法を正す11年の修煉の中で、私は多くの不思議なことを体験しました。
 
 2007年、私は中共(中国共産党)の警察に強制連行されました。私は自分の心の状態を調整し、「私の修煉に漏れがありましたが、私には師父の加護があり、どんな邪悪も私を迫害する資格はありません」と念じました。
 
 昼頃、彼らは私を独房に連行し、後ろ手に手錠をかけました。目の前に多くの中共政府関係者と警官がいたので、私はチャンスだと思い、彼らに真相を伝え始めました。私は大法のすばらしさ、大法の正しさ、大法が全世界に広まっていること、善悪に報いがあることなどを夜中まで話し続けました。
 
 夜になると警戒が強化され、2人の男性警官と1人の女性警官が交代で私を監視しました。深夜、1人の警官が私を監視し、年配の男性警官と女性警官は眠りました。しばらくすると、ドアの前で私を見張っていた男性警官も我慢できずに眠りに落ちました。私は「すぐにここから出なければならない」と思い、周囲を見回してみました。ドアが唯一の脱出経路と分かりましたが、ドアは古くて、きしむ音が大きい上、ドアの前には警官が座っていて難しいと思いました。
 
 しばらくして、私が手錠を揺すってみると、手錠はすぐに外れました。念のため、私は再び手錠に手を入れ、警官に「トイレに行きたい」と言いましたが、彼は眠ったままでした。そこで、私は彼の足を軽く触ってみましたが、彼は反応しませんでした。そこで、私は手錠から手を抜き、3人の警官を指して「定(止まれ)」と言い、落ち着いてドアの鍵を開けました。ドアを開くとき、とても大きな音がしましたが、彼らは反応しませんでした。
 
 部屋を出ると、窓からたくさんの警察車両が見えました。また、出入口は見張りがいて閉鎖されており、強力なライトで照らされていたので、私は二階へ行き、廊下の西端から外へ跳び降りようと考えました。下を見てみると、真っ暗で何も見えませんでした。しかし、すでに夜明けが近づいていたので、私は何も考えずに下へ跳び降りました。一瞬、体が地面に衝突した音と背骨が折れた音が聞こえ、また天目で骨折した部分と形が見えました。私は激痛で意識を失いかけました。
 
 私が師父に「弟子を加持してください。私はここを離れなければなりません」とお願いすると、なんとか立ち上がることができました。そのとき、私は足首も怪我しており、歩行が非常に困難でした。私は壁に沿って外に出て、ある古い家の庭に入りました。そのときには、異変に気づいた警官が私を捜索し始めており、私を見張っていた女性警官の叫び声や警察車両のサイレンの音が聞こえてきました。
 
 夜が明けると、人々が往来し始めました。私は隠れていた家に近づき、朝ご飯を作っていた女性に「私は法輪功の学習者で、良い人を目指しています。中共から迫害を受け、二階から飛び下りてきました。そちらの家に少し入ってもよろしいでしょうか」と言うと、彼女は「どうぞ、入ってください」と言ってくれました。私は部屋に入り座ろうとしましたが、背骨に激痛が走り、座ることができませんでした。すると、彼女は「これは大変です。私の旦那が起きてきて、あなたの様子を見たらどうしましょう。私の旦那は役人ですから、あなたは早く外に出たほうが良いです」と言いました。そこで私は外に出た後、草むらを見つけて横になりました。一度横になると、体がもう動きませんでしたが、頭が徐々に落ち着いてきたので、私は色々なことを考え始めました。私はその日、朝から夕方まで一日中、発正念をし続けました。中秋の昼ごろの日差しは強く、とても暑かったのですが、私は水を一口も飲まずに、動かすことのできない身体で横になり、なにも考えずにずっと発正念をし続けました。
 
 しばらくして、先程の女性が私の様子を見に来ました。彼女は「私に何かできることがあるでしょうか」と聞きました。私は彼女に感謝して「夜の7時に三輪車を呼んでください」と頼みました。夜の7時、その女性は三輪車を呼んでくれ、私を支えて三輪車に載せ、私の髪の毛や服の上についたゴミを取ってくれました。このような細やかな心づかいを受け、私は中国人の善良さと、良知を感じました。三輪車を運転してくれたお年寄りも、善良かつ素朴な人で、私に気を使いながら運転してくれました。しばらくして、ある同修の家に到着し、私の主人と連絡が取れました。
 
 主人の助けで、私は親戚が所有する空き部屋に住むことになりました。主人は私の状態を見て、病院に行くことを強く勧めてきました。私は主人を説得して病院には行かず、全力で正念を発しました。正念を発して3日目、私は血反吐を吐き始めました。嘔吐したものはすべてレバーのような黒紫色の血の塊でした。周囲の人は「ただの骨折ではなく内臓も損傷している」と言いましたが、私の心は動揺せず、正念を発し続け、眠れるときに寝て、目が覚めると、また正念を発し続けました。4日目の朝になると、私は軽く起き、トイレに行くことができるようになりました。私は嬉しくなって、正念を発し続けました。夜になって、私は見舞いに来た主人に「私は良くなりました」と言いました。主人は自分の聞き間違いだと思って信じてくれなかったので、私はもう一度、治ったと言うと、主人は私のベッドの前で膝を曲げ、頭を下げて心から「師父、ありがとうございます」と何度も言い、感動して涙を流しました。このことを通して、主人も法輪大法を修煉し始めました。
 
 このように、師父と大法を信じたことで、私は背骨の骨折から回復まで4日間しかかかりませんでした。この奇跡は再び、師父の偉大さと大法の超常さを実証しました。私はここでもう一度、師父の慈悲なる加護に感謝申し上げます。
 
2011年04月16日


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