文/同真
1999年7.20以降、大法が迫害を受けるようになってから、多くの学習者は難の中で、時間に対する執着を持つようになりました。ある学習者は学歴書を焼き捨て、ある学習者は不動産登記を焼き捨てました。そして北京へ陳情に行き、法を正し終えるまでは家に戻らないと言っていました。法に対して堅く信じるという角度から見れば問題が無いように見えますが、しかし別の角度から見た場合、それは修煉の時間に対する執着を顕していると思います。十数年の魔難を経て、多くの学習者は成熟に向かいましたが、一部の学習者は潜在意識の中で時間に対する執着を徹底的に放下していません。
同修と交流する中で、ある同修は私に「師父は『北米での巡回説法』の中で『皆さんにお聞きしますが、もし衆生を救い済度することがまだ十年かかるのであれば、皆さんはやりますか? (学習者の皆さんが口をそろえて、「やります」と答えた)(拍手)。これこそ大法弟子です。もちろんまだ十年があるということはあり得ませんが、そこまで長引くことも許されません。それらの寿命もそれほど長くありません。』と説かれました」と言いました。その同修は「師父がこのようにおっしゃったので、10年はあり得ません、きっと2012年の3月に修煉が終わります」と話していました。そのためこの同修は、常人に真相を伝える時、中共(中国共産党)は2012年3月までに必ず解体されると断言していました。
私自身もこのような経験があります。真相を伝えた時、常人に「天が中共を滅ぼす」と話すと、ある常人は「中共は今、最も良い時期にあり、今後数百年は維持するだろう」と言いました。私が「中共は歴史上において天が許すことのできない極悪な犯罪を犯してきました。正信者を迫害し、無数の人々を殺害してきました。天が中共を滅ぼすのですから、そんなに長い時間はかかりません」と話すと、その常人は「それでは、あと何年先まで維持できるのか?」と聞いてきました。私は「あと5年はかからないでしょう」と答えました。結果として5年が過ぎでも、中共が解体されなかったため、その常人は私の弱みを掴み、「当時、あなたはあと5年と言いましたね。中共は今も政権を維持しているじゃないか」と言われ、返す言葉もありませんでした。自分の理知的ではない行動により、時間に対する執着に加え、衆生を救い済度することに大きな障害をもたらしてしましました。教訓は深刻なのです。
正法の中の一切な状況は、正法の必要に応じて決められています。師父は神聖なる法を説かれました。自分は法の中から正しく悟ることができず、人心を抱いて、時間に対する執着を抱き、一文字一文字を詮索して、自分の執着に根拠を探しています。このように学法する時、法理を顕してくださるのでしょうか? 『共産党に対する九つの論評』が発行された当初、師父は「党の文化によって方向を見失った世の人々に誤解されないようにするため、私は中国大陸の大法弟子が真相を伝える中で『九評』に関わらないようにと言いました。」(『政治に参与しているのではない』)と説法されました。しかし、正法の形勢の変化に伴い、師父は、「世の人々に悪党の本性となぜ大法弟子を迫害しているのかを理解してもらうために、『九評』を知ってもらうことが必要になりました」(『政治に参与しているのではない』)と説法されました。ですから私たちは、自分の執着心を抱いて、違った時期、違った状況下での説法を持ち出して、執着のための口実にしてはなりません。
師父は確かに、正法はもう10年はあり得ませんと説法されました。私の理解では、それは前提として大法弟子がよく行っていて、救われるべき衆生が救われた場合の説法です。今日の正法の状況から見れば、明らかに救われた衆生は、師父の要求を満たしていません。もし正法が今すぐ終われば、正法に希望を託した高級生命は、どれだけ淘汰されるのでしょうか?
今、人類の一日一日は、師父が巨大な難を背負って下さったために、延長されています。私たちの一つの人心が、衆生を救い済度することへの障壁となり、邪悪に乗じられる隙を与えてしまうのです。私たちは、師父が異なる時期に説かれた法理をもって、自分の執着の根拠にしてはなりません。精進している大法弟子は、時間を大切にして学法し、全力を尽くして衆生を救っています。そして修煉の中で、いたるところに心性を試す要素が含まれています。多くの学習者は、テレビのニュースに注目し、邪悪の首魁である江沢民が死亡した報道を待っていたため、結果として江沢民は、旧勢力が大法弟子をテストするための道具となり、さらに多くの衆生を救われるのを妨害するあやつり人形となったのです。最近、学習者の中で、2012年の映画を見て、2012年を執着している学習者がいますが、その2012年はすでに学習者をテストする関となったのです。これらの学習者が自ら求めた妨害と難は、最後の修煉と衆生を済度することへの妨害となるのです。
私たちはただ、法の中で正しく悟り、師父の要求された通りに行い、そうしてはじめて、自分の正法の道を正しく歩むことができ、はじめて自分の歴史的な使命を果たすことができるのです。
浅はかな悟りですが、時間に対して執着心のある同修と交流するために書きました。不当なところがあれば、慈悲を持って指摘してください。