文/海外大法弟子 樹祺
(明慧日本)
三、迫害を受けて12年間、私は更に強くなった
迫害初期の身体及び学業の面
1999年7.20、中共による法輪功迫害が公に始まると、住民委員会(注)の人が毎晩夕食の前に我が家のドアをノックして、必ず夜7時のニュースと「焦点訪談」を見るようにと促してくるようになりました。結局、私たちが目にしたのは大法への中傷、師父の説法と師父の個人情報の歪曲、大法への批判と濡れ衣を着せることだけでした。そこには一つの真実もありませんでした。本来ニュースを見るか否かは本人の意思によるものであって、どこに事前に、ニュースを強制的に見させるような国があるのでしょうか? 毛××の政治的な話を借りると、「これは陰謀ではなく、陽謀(公のはかりごと)です」。ヒトラーの時代の台詞だと、「嘘も千回唱えれば真理になる」のです。間もなく、各家庭にある法輪功の本は没収され、燃やされ、人々は原版の本を見つけて真実を確かめることもできなくなり、テレビの言うままに盲従するようになりました。当時、沢山の中国人が騙されました。母親は北京へ陳情に行き、捕まえられ、拘禁され、そして殴られました。その後、家財の差し押さえ、恐喝、脅迫のなどの迫害を繰り返された末、両親は離婚し、私たちの家庭は崩壊しました。
当時15歳だった私は、この突然の災難に直面し、一体何が起きたのか全く理解できず、家庭と社会から来た巨大な圧力に耐えられず、私の精神は崩壊しました。私は記憶を失い、当時の出来事はあまり印象に残っていません。幾つか残っている記憶も恐怖だけです。今覚えているのは煉功を禁じられ、本を没収され、夜寝ているときに警察が捜査に入ってきて、私に自白を迫り、母が修煉を放棄するよう説得することを要求された光景です。大法のために弁明すれば、私の父親は、当局に私まで拘束すると脅迫され、怯えている私を見て「娘は修煉しません」と言いました。その後、父親はあまり家に帰って来なくなり、お正月になると家にいるのは私、弟と80歳のお婆ちゃんだけでした。私たちの行動は監視され、窓の外で会話を盗聴する人もいました。その後の12年間、毎年のお正月に家族全員が揃うことはありませんでした。お正月のときこそ、沢山の人が連行されるのでした。
私は一時、家の鍵を持っていても家に帰るのを恐れていました。のちにネット封鎖を突破し、海外の画家・沈大慈の油絵-「無家可帰」を見ることができました。ある女の子が鍵を持っているのに家に帰れない様子の絵でした。私は思いました。これは正に当時の私の描写ではないでしょうか? あのような魂と精神に加えられた迫害は肉体の苦痛を遥かに上回ります!
迫害以降、私は絵を描くことがありませんでした。どれ位の年月が経ったのか、再び絵筆を手にしたとき、私はまるで描くことを学んだことのないかのように絵を描くことができなくなっていました。その深い打撃は壊滅的なものでした。画家のお爺さんの話によると、当時の私の目は魂がなく抜け殻のようで、この子は廃人になってしまったと思ってとても悲しく感じ、彼自身、いくら考えてもこの事態を理解できませんでした。彼はまるで文化大革命の再来のように感じて、自分自身の体験した悲劇が、今またこの15,6歳の女の子に起きたと感じました。私は大法を学べなくなり、善い人になろうとしても許されず、今後の人生に何の希望も見えてこないと思い、私はボトル半分の薬を飲みました。幸い家族に発見され、自殺せずに済みましたが、もし本当に自殺してしまったら、どれだけ大法に泥を塗ることになり、偽りの宣伝を後押することになってしまったでしょうか。大法を破壊しないために、私はしっかりと生きなければなりません。例え苦しくても生きていかなければなりません!
記憶喪失のため、私は中学三年の時に中退を強いられました。当時、私の各科目の成績は全て30点以下で、しかも大多数は一桁台でした。結果として私はどの高校にも入れず、父親は私が受けた甚大な精神的苦痛を見て、金を払ってもいいから、ある専門美術高校に入学させようと考えていました。しかし私は断固としてそれを拒みました。理由の一つは、自分の点数があまりにも低いため、入学しても「真善忍」の真に符合しないと思ったからです。もう一つは、沢山のお金を払うことにより徳を失い、他の生徒を定員から押し出すことになり、しかもそのお金も人から借りたもので、家族に膨大な債務を負わせることになるからでした。また民間の言い方では、コネを使って裏取引をする人は寿命が短くなるとも言われているからです。そのとき、私は自分の人生に何の希望も持っておらず、これらのことを考え、その専門美術高校へ行くことを諦めました。しかし、修煉していない父親は未だにそれを理解できていないようです。
これで私は二回目の勉学の機会を失うことになりました。中共の法輪功迫害により、私は精神が崩壊し、記憶を失い、しまいには勉学に励む機会も失いました。
(続く)
注:中国の住民委員会とは
一般には100~700戸で構成され、役員(任期3年)は5~9人。全国の都市に約11万5千あり、末端行政機関(街道弁事処)の指導を受ける。治安維持、公衆衛生、住民間のもめごとの調停などが主な仕事で、中共の一党体制を底辺で支える。