文/海外大法弟子 樹祺
(明慧日本)
再び大法へ戻り、強くなっていく私
1.身体の面
いつしか、私は再び大法へ戻りました。一年半後、私は徐々に記憶力を取り戻し、健康状態も段々回復してきました。年齢を重ね私はやっと分かりました。これは一人の道化者のような独裁者が嫉妬心に駆られ、手中の権力を駆使して国家権力機関を操り、億単位に達する無防備な庶民に行った全民的迫害なのです。事の真相が分かった私は、自分の歩むべき人生の道を選びました。母はずっと修煉を放棄せずにいた為、母が持ち帰った経文を私も読み、次第に自分が求めているものが見えてきました。長い間、母と私は母が唱える煉功の口訣に従って煉功していました。私は母と一緒に真相資料を作り、途切れなく「法輪大法はすばらしい」、「真善忍はすばらしい」などのシール(小さなポスター)を街中に貼り、真相を伝えるパンフレットやお守りなどを配りました。私たちはよく歩きながら師父の「洪吟」を暗記していました。その後、母は何度か北京の天安門に真相を伝えに行き、無事に帰宅しました。それを知る度に、私は母が天安門で使う横断幕の準備を手伝いました。再び、私の体に奇跡が起きました。私は太行山に写生しに行った時、いくら歩いても疲れを知らず、いつもなら行列の最後尾を歩く私は、終点に着いてみたら私は最前列にいました。汽車に乗って北京から武漢までの移動が19時間、そして南京から北京へ戻るのに14時間かかりました。お金を節約する為に私は最も安い切符を買い、道中、横になることなく、坐りっぱなしの移動になりましたが、時には雲の上に乗っている感じで、全然疲れを知りませんでした。
これは煉功によって得られた奇跡です。私は健康を取り戻しただけでなく、普通の人よりも健康になりました。これは大法が与えてくれたものです。私の身に起きた大法による奇跡は数え切れないほどあります。ある人がもうすぐ死ぬという時に、私が彼女に「法輪大法は良い」と暗唱するように教えると、彼女は一命を取り留めました。これは本当にあったことです。
2.学業の面
それから、画家のお爺ちゃんが私の事を不憫に思い、自分の学校の編入生として入れてくれました。その後、自分の努力によって、私は中国の南部にある一つの大学に合格しました。大学にいる間、私は真相を伝え続けました。私は勉強に励み、良い成績を修め、師父が教える「真、善、忍」を基に良い事をし、良い人になろうと努めました。その間、学校からは何回も、突然私に「貴方は~の幹部になった」などの連絡がありました。しかし、私は自ら何かの選挙に参加したことはありませんでした。寮にいる間、私はずっと師父の説法を学び、毎晩30分ほど走り、深夜まで習字を練習した後、一時間の静功をしてから寝るようにしました。当時、私の睡眠時間は少なかったものの、いつも元気いっぱいでした。多くの友達がこの事実を知っていて不思議に思っていました。これらの全ては私が再び大法に戻ってから起きた本当の事です。煉功しなければ無理なことでしょう。
この文章が発表されたら、全世界の人が見ることができます。私を知っている人たちは当時の状況を思い起こすことができるでしょう。師父が私に健康な体と優秀な思想を下さいました。大法を修煉しなければ私は寛容な心を持てず、常に自分の心性を向上させることもせず、真相を伝える際に私を警察に通報した人を許す事も出来なかったでしょう。大法を修煉しなければ私はきっと常に自分の得ばかりを重んじていたでしょう。師父が私に清らかな魂を与えて下さり、善良な人にし、健康な体を与えて下さいました。大法が私の全ての源です!
大学卒業後、私は故郷に戻り、再び母が何の理由もないまま警察に連行されていくのを目にしました。彼らは私たちを長い間探していたと言い、母のことを「重点監視対象」だなどを言いました。父親は私に出国を勧め、私も自分の専攻が地元ではあまり発揮できないと思い(当時、専攻選びの際、私は自分が本来好きだった彫刻や建築を諦め、もっと真相を伝えるのに役に立つ専攻を選びました)、出国を決心しました。
外国に着いてから私はネットを利用し、自分がいる都市の煉功点を探してみましたが、見つかりませんでした。仕方なく私はプリンターを買ってきて、自分で周囲の人たちに真相を伝え始めました。後に神韻を観賞した際に、私はやっと同修とコンタクトを取ることができるようになりました。
2010年の夏、明慧ネットにより、私は法輪功の迫害を起こした元凶、悪人の頭目である江沢民が私の故郷を訪れたことを知りました。その前から沢山の人が連行され始め、100人を超える人たちが失踪したり、不当判決を受け、あるいは処刑されたり、労働教育を強いられたりしました。それからもう一年以上経ちますが、未だに真相を知らず、善悪に報いがあることを知らない人たちは、江の為に大法弟子の迫害に懸命に奮闘しています。それによって、故郷には平安な日々がありません。去年の夏以来、母は行方不明で、私は少しも母の情報を得る事が出来ません。同修が私の家に見に行っても、入口に警察の車が長期間止まっていて、昔、母と一緒に修煉していた仲間の多くが捕まり、判決を言い渡され、又は処刑されたのを明慧ネットを通じて知りました。最後に、母は危篤状態であることを知りました…母は修煉を始めて以来十数年間、ずっと健康でした。しかし今回、行方不明の後…私はいくら考えても納得いきません! 迫害に直面し、そして経済的圧力に直面して、私は再び勉学の機会を失いました。
これが私の三回目の、学業の機会を失った経験です。そのうちの二回は中共による法輪功への迫害が原因で、直接的、間接的に私に被害をもたらしました。
結び
以上は私が大法を得る前と得た後、修煉をやめた後と再び大法に戻った後の身体と学業の面においての対比を示したものです。そのすべてが真実です。私は身を持って大法の素晴らしさを検証しました! 私は生きた例です。師父がいなければ、私は存在しません。だから私の修煉の決心を動揺させる理由がありうるでしょうか?
13年間にわたる白血病との闘病生活は私を死の淵まで追い込みました。大法を修煉して以来、私は健康になり、学業の面でも進歩を遂げました。法輪大法の素晴らしさは忘れがたいものです。12年間受けた迫害で、私は精神的に崩れ、記憶力をなくし、二回も勉学のチャンスを失い、これらの全ても忘れられるものではありません。この迫害により、無数の家庭が崩壊し、無数の幼い子供たちの心に極めて大きな傷が残りました。私、一人の普通の家庭の女の子は、今ではもう成人になりました。しかし、未だに迫害に終止符が打たれていません。さらに多くの家庭が破壊されないように、さらに多くの幼い子供に苦痛を経験させないように、今直ちに、迫害を制止しなければなりません!
(完)