文/青島莱西市の大法弟子
【明慧日本2012年7月10日】私は青島莱西市の大法弟子です。法輪大法の修煉を始めてから、慈悲なる師父が私の運命を変えてくださり、私に健康な身体を与えてくださいました。それから、私は人生の素晴らしさと喜びを実感でき、「真善忍」が良い人になる唯一の基準であることが分かりました。
以前の私だったらトラブルに遭ったとき、自分に向けて探すことができませんでした。少々のことで主人と喧嘩をしていました。良い日は何日も続きません。身体は過労で体中に病気を抱え、医者を求めても医者に見てもらうお金はどこにもありません。毎日苦しい生活を送っていました。少しの仕事をするだけで疲れてたまりません。本当に心余って力が足りない状態でした。夜は長い時間眠ることができず、ゲップばかり出していました。主人の睡眠まで妨害してしまい、主人に罵られ、「私から離れて寝なさい」と言われました。主人に迷惑をかけないため、主人と別の部屋で寝ることにしました。こんな私にどんな仕事ができるでしょうか。そんな私を見て主人は毎日怒っていました。「おまえは何もできない、こんなことでどうやって生活を送っていくのか」どうすることもできず、毎日涙を流していました。苦しくてもその話を聞いてくれる人さえいません。誰かに代わってもらうこともできません。生きていくことがとても辛かったのです。病魔が私の身体を苦しめ、喧嘩する気力さえありませんでした。本当に人間は心が病むと身体も病んでいきます。
ある日、偶然にも法輪大法と出会いました。慈悲なる師父が私に新しい命を与えてくださいました。全身の病がすべて消え、私は初めて無病状態の軽い身体を実感し、だいぶ若返りました。法輪大法は生命双修の功法です。仕事をしても疲れません。私は今一人で2600個の瓜の苗を管理し、また主人の仕事も手伝っています。夕方、家に帰って家事もできるようになりました。「性命双修とは、心性を修煉するほかに、同時に命も修めるということ、つまり本体を変えるということです」「身体が若者の方向に少しずつ逆戻りし」(『転法輪』)の通りです。
これからの私は、もう二度と主人に罵られるような人間ではありません。正々堂々と誰からも羨ましがられる大法弟子になることができました。持病に苦しむこともない修煉者です。これが私の一生の中での一番の誇りです。人間の言葉を全て使っても、師父に対する感謝の言葉と喜びを言い表すことはできません。ですから、法輪大法を修煉する人は最も幸福です。