文/中国甘粛省の大法弟子
【明慧日本2013年12月2日】
(二)私は次女と一緒に住んでいて、次女の子供の育児を手伝っています。旧正月前、次女夫婦は大掃除をしました。私は自分の部屋に師父の写真と大法の書籍を置いており、次女夫婦に触れられたくないので、自分の部屋は自分で大掃除をしようと思いました。私は椅子を大、小二つ重ねて踏み台にして、高い所にある戸棚を拭いていた時、油断して床の真ん中に転落してしまいました。
私はすぐ「師父、お助けください! 師父、お助けください!」と叫びました。娘と娘婿が悲鳴を聞いて駆けつけて来て、私を抱き起こしました。めまいと吐き気がする私に、次女は「お母さん、顔色が恐ろしいほど悪いですよ」と言いました。私は自室の床にしつらえた寝床で丸々4昼夜、仰向けに横たわって、寝返りをすることもできず、起き上がることは言うまでもなくできませんでした。痛くて汗は止まらず、トイレに行く時は娘婿に抱いてもらって行かねばなりません。体がまっ二つに割れたかのような感じがして、その痛みは本当に並大抵のものではありませんでした。
トイレに行く回数を減らすために、私は水を飲まないように我慢していました。5日目の朝4時に目が覚めて、「ずっとこのように横たわっているのはよくない、煉功をしなければならない。起き上がらないで、横たわったままで煉功をしてみよう」と私は思いました。煉功の後、『洪吟』を暗唱しました。6日目も同じく4時に目が覚めて、横たわったままで煉功して、その後『洪吟』を暗唱しました。
7日目になって、横たわって煉功すれば機制が乱れるので、このような状態から抜け出さなければならないと私は思いました。しかしどうしても起き上がれず、私は師父にご加持をお願いしながら、「法輪大法は素晴らしい」、「忍び難きは忍びうる。行ない難きも行ないうる」[1]と暗唱しました。第5式の功法(座禅)を1時間した時、お腹の中で腸が一本一本順調に整えられていくような感じがして、とても心地良く、とても不思議でした。しかし腰はまるで自分の体ではないかのように痛くて、倒れないように歯を食い縛って我慢していました。トイレまでは1人で歩いて行けますが、いったん便座に座ると立ち上がれず、時々次女の助けを必要としました。
私が怪我をしたことを次女は長女、息子に告げ、そこで彼らは私を病院に送ろうとしました。私は断固として断り、「師父が私を見守っていてくださっています。自分で煉功を通じて体を整えることができます」と説明しました。息子の嫁は「駄目ですよ、骨が折れたかどうかを病院で検査してもらった方がいいですよ」と言いました。私は「私には病気はなく、これは私の劫難で、自分の借りは自分で返さなければならないのです。あなたたちは何もしなくていいですよ。面倒をかけたくないから」と言いました。
私は師父と大法を信じて、旧勢力の按排を否定しました。私は歯を食いしばって壁を支えに立ち上がり、また煉功と学法を続けていました。同修たちと出かけて真相を伝える時、平坦な道を歩くのは大丈夫ですが、階段を昇り降りする時、同修の支えが必要です。
現在、子供たちは私の修煉をとても支持しています。師父の慈悲なるご加護に感謝いたします。
(完)
注:
[1] 李洪志師父の著作:『轉法輪』