文/遼寧省の大法弟子
【明慧日本2013年12月26日】先日、師父は私に長さ30センチもあるとても大きい筆をくださった夢を見ました。師父は私に修煉体得の文章を書かせようとしておられるのだと思いました。 今日は師父がくださった筆を執って、自分が修煉の中で如何に心性を守るかの体得を書き出して、師父にご報告して、同修たちと互いに励まし合いたいと思います。
私は小学校の教師です。1996年に法を得て、今まで17年間修煉の道を歩んできました。風雨も多く経験したのですが、師父のご教戒とご加護の下で、正々堂々と師父について今日まで来ました。師父は『各地での説法・十マンハッタン説法』に説かれた「この世俗の中で自分自身が正しく歩むこと、この複雑な環境の中でいかに常人から抜け出すかが肝心なことです。常人が求めているもの、得たいもの、やっていること、言っていること、行っていることはあなたにとって、いずれも修煉によって取り除かなければならないものです」の通り、名利情の前に、苦痛と魔難の前に、自分は修煉者であることを一刻も忘れずに心性をしっかり守って、常人の執着心に動じられないことは、極めて重要です。
心性を守ることは、10数年来の中でたくさんありました。下記の数例を挙げて、大法の超常と威徳を実証したいと思います。
一、名利情を放下した過程
1、自己を放下し、他人を思いやる
日常生活の中で、名利の誘惑はどこにでも存在しています。特に私が勤める学校では、よく試合、合戦やランク付けなどを行って、自然に教師たちに名を求める心を生じさせています。私も競合で良い順位になれば嬉しくて自惚れ、順位が低ければしょんぼりとした時期があります。修煉の向上に従って、名を求める心はだんだん淡泊になって、名の渦中から脱出するために主任に昇進する機会を放棄しました。ふだん、名利を争わずに仕事に励んで、だんだん、名利に関して修煉者の基準で心性を守れるようになりました。
先日、地元十数校の学校の間で体操の試合が行われました。クラスごとに点数を付けて、みんなの競争意識を強化させるために、当校ではさらに教師のボーナスの金額を各クラスの点数に結び付けるというルールが作り出されました。試合の1カ月前から、各学校は白熱化した準備と訓練を始めました。当校はなんと午後の授業も休講して、もっぱら生徒に体操の訓練をさせました。試合の日に教師と生徒は早めに学校に来て、運動場で練習をしました。校長先生をはじめ、教師と生徒はみなとても緊張しています。突然、隣のクラスの隊列に、一人体操服を着ていない生徒の姿が私の目に入りました。一人でも体操服を着ていなければ、きっと試合で減点されます。そのクラスの担任先生に教えたいのですが、私のクラスの担任の先生(私は副担任である)の気に障ることになるだろうかと迷いました。大法の法理で判断して、最後に私はやはり隣のクラスの担任に教えました。彼女はその生徒に服を着替える指示を出し、ふとみると、私のクラスの先生も私に笑顔を見せました。
試合で当校は全体の2位の成績を取得しました。校長先生はとても喜んで、校内の各クラスを比べて評価しないと宣言しました。つまり、校内の各クラスの間で競争しなくて良いとのことです。その日の夜、私は空を飛ぶ夢を見ました。体操の試合で、私は正しいことをやったから、師父はこの夢で私を励まされたのだと思います。
以前の私はとてもメンツを重んじる人間で、度量が小さくて人に言われたくもありません。修煉してから、その執着を除去するように注意しました。ある日、真相資料を配る真っ最中に街で同修に出会って、私はかつて資料点に渡した現金1万元(約16万円)をまた返してもらったうわさを聞いた、と彼女は何気なく言いました。私はすぐ「誰が言ったのか? 根も葉もないことだけど」と答えました。しかし次の瞬間、どうしてこんなことが私の耳に入ったのかと、すぐ内に向けて探しました。私の度量を拡大させて心性を高めさせるためだと分かりました。私は彼女に微笑んで、「いいのです、衆生の救い済度が一番重要だから」と言って、さっきのうわさを忘れました。
私は歩道橋に上がって、曇っていた空が少し明るくなったと感じて、頭を上げて見たら、おや! 空に色とりどりの色彩が現れて、とても美しいのです。 虹でしょうか? いいえ、虹はアーチ型のはずですが、その色彩はあちらこちらにもあって、おや、どんな図案でしょうか? もっと見たら、私は驚いてぽかんとしました。空に現れたのはなんと巨大な仙女で、私に微笑んでいます! あちらこちらの色彩は仙女のスカートとリボンでした。肉眼で空中の仙女を見たのははじめてで、仙女の大きさはなんと数十キロもありました!
不実なうわさをされても心を動ぜず心性を守ったのを見て、師父は他の空間の仙女を私に見せて、修煉の信念を固めさせたのだ、と私は分かりました。心性を高める機会を提供してくれたさっきの同修に感謝します。更に、師父のご啓示といつもそばでご加護をしてくださることにも感謝します。
見知らぬ人と顔を向かい合って真相を伝える中で、会った人は様々で、どのような人もいました。だいたいの場合、私は何を言われても心性を守ることができます。3年近い間に、私は1万人以上に「三退」をさせました。
はじめて知らない人に真相を伝えた日のことも覚えています。オートバイに乗る2人の若い男性に私は近づいて、真相DVDを取り出してまだ渡していない時に、一人の男性はとても乱暴に「貴様、どけ」と言いました。私は続けてDVDの内容を紹介したかったのですが、もう一人の男性は「どけと言ったら早く消えろ」と言いました。仕方がなく私はそこを離れたのですが、後からまだ二人の罵声を聞こえていました。涙がぽろぽろ落ちました。つらい気持ちを抑えて内に向けて探したら、メンツを重んじる心、人に言われたくない心、二つの名を求める心が見つかりました。私は直ちに発正念してそれを解体しました。
気持ちを直して穏やかになり、また真相を聞いてくれそうな人を探しはじめました。すると3人グループに会って、神韻DVDを紹介したら、「法輪功だろう」と聞かれました。私か彼らに神韻の内容、法輪功の真相を教えて、脱党も勧めました。3人は素直に真相を受け入れて脱党もしました。それから、真相を伝える中で私は次第に成熟して、常人のいかなる言動にも心を動じません。嘲笑いの中で卑屈にならない、問い詰められても言い争いをしない、罵られても怒らない、称賛の声を浴びても喜ばず、ただ一心に真相を伝えて世間の人を救っています。
2、利益に対する執着を放下する
修煉する前、私は金や利益を重視する心がとても重かったのです。修煉してからは、はっきり分かっていながら利益の面で損を蒙っても、道端に落ちているお札を見ても心が動じなくていられるまで、確かに厳格な修煉の過程がありました。
夫が列車の運転手であるため、修煉する前に家族は列車に乗る時に、乗車券を買ったことがありません。夫は私たちを改札口に連れて行って、そこのスタッフに声をかければ、スタッフは私たちを中に入れます。現在の中国でそれはごく自然なことになって、誰もが不正と思わないほどです。修煉してから、列車に乗れば乗車券を買わないといけないと私は自分に言い聞かせましたが、最初、やはり少し納得できず、金を惜しんで悔しかったのです。それで、師父はご啓示の夢を私に見させました。夢の中で、私はずるをして半額の乗車券を買って乗車しました。左手に半額の乗車券を握って、右手にいつの間にか一枚の借用証書が現れて、そこに書かれた金額はちょうど正規の乗車券金額の半分です。ずるく逃れた分は他の空間で借用証書を作られたのだ、と私は分かりました。あれ以来、全額の乗車券を買うことについて私は十分納得しました。
去年の中共政権樹立日に、娘は列車に乗って祖母の家に行きました。ラッシュ時期であったため、乗車する前に乗車券を買えなくて、乗ってから列車の中でも精算する機会がありませんでした。帰って来て私に教えて、どうしようと聞きました。駅にもう一度行って、乗らないが同価格の乗車券を買うように教え、娘はその通りにしました。
夏休みに、某クラスの教師と生徒が写真を撮りに学校に来て、帰った後に多くの未開封のミネラル・ウォーターを残しました。私はそれを机に置いて、みんなに「残り物なので、好きなように取ってください」と伝えたのですが、自分は1本も取っていません。それは私の物ではないので、喉が渇いたら自分のお金で買おうと思いました。
2010年、私は冷蔵庫を買いました。その店で農村部の戸籍を見せたらメーカーは300元(約5千円)を安くしてくれます。買う時店員は「自分の名義でなくても、誰かの農村戸籍を借りてきても構わない」と言いましたが、人の戸籍を借りて安く買い物することはうそを付くことと同じだと思って、私はその美味しい話に乗らずに、通常価格で買ってきました。
昼にみんなは交代で事務室の当番をしています。当番をすると、学校の食堂の営業時間に間に合わないため、当番する人は一日1元(約20円)の昼食手当をもらえます。前任の当番のときはもらいましたが、私になると、なぜか昼食手当は交付されていません。上司に聞いてくださいと同僚は言ってくれましたが、私は聞かず争わず、師父が『轉法輪』でとかれた「常人の中のどんなことも全然気にとめず、常ににこにこしています。どんなに大きな損をしてもにこにこして平然と笑っています」の通りにしました。
我が家は舅、姑と中庭を共用しています。現地で住民の不動産登録が行われた時に私は家にいなかったので、私が中庭に立てた小部屋(建築原価は約5~7万円)を姑は自分の財産として登録しました。私は知った後に何も言いませんでした。修煉者ははっきりと分かっていながら損を蒙ることもできます。
私は留守する時期に、隣人は我が家の壁の外の敷地に小さい部屋を建てました。本来、私はそこに小部屋を建てる予定だったのです。知った当初、少し心の中で波が立ち、「声もかけずに我が家の敷地を占用するなんて」とも思いましたが、しかし改めて考えれば、修煉者が出遭ういかなる事も偶然ではありません。師父は『各地での説法十・マンハッタン説法』に説かれた「本当に損をしたときでも、修煉者は一笑に付すことができ、これは皆さんが持つべき状態で、必ずやり遂げなければならないことです。あなたは常人ではなく、常人から抜け出そうとしているからです」を思い出すと、心の中は広々として明るくなって、どうすれば良いかが分かりました。修煉者ははっきり分かっていながら損を蒙っても平然であるべきではありませんか? そこで、私は何もなかったように隣人と仲良く付き合っています。
娘が転職するとき、元の勤め先は娘を引き留めるために、娘の給料の計4千元(約7万円)を取り押さえました。労働訴訟部門に訴えなさいと知り合いは提案したのですが、私は娘に「こんなことを気に留める必要はない。もし会社が本当にあなたのお金を奪ったなら、会社はその金額に相応する徳を失って、あなたにあげることになるのだ」と教えました。結局、娘はとても順調に月給4千元の仕事が見つかり、給料とは別に宿泊代と食事代も会社が負担してくれます。半年後に月給は5千元(約8、9万円)に上がりました。
修煉してから、生徒の保護者からプレゼントされたいかなる物品やお金も私は全部断っています。またその機に真相を伝えて、「三退」を勧めています。 教師が生徒に文房具などを売り込むことは、現在の中国ではとっくに珍しいことでなくなっていますが、私はいっさいしていません。同僚たちは「あなたは本当に変わった」と言い、私は「そうね、変わらなければ、法輪大法を学ぶ意味はないでしょう」と微笑みました。
3、情を放下して、難関を突破する
私にとって、名利を放下することは難しいでのすが、情の放下はもっと難しいのです。私の上に姉3人と兄1人がいて、私は末っ子です。母が在世した時は私と兄を最も寵愛し、私も母にとても依存していました。母は私が修煉する前に亡くなったのです。その頃、母を思うあまり私は重病になりました。しかし母は夢の中でよく私を害していましたが、その原因が分かりません。ある日、夢の中で私は路上で母を見かけて、とても喜んで「お母さん」と呼んだところ、母は突然顔も歪んで狂暴な鬼に変身して、両手を伸ばして私の首を絞めました。私は大きな声で「法輪大法はすばらしい」と叫んだら、母は瞬時に姿を消しました。大法を修煉する以上、母に対する情を放下しないといけないことを悟らせる夢だったと思います。
またある日、夢の中で母はひっきりなしに泣いて、3番目の姉の様子を見に行ってほしいと私に懇願しました。3番目の姉はその頃憑き物に取り憑かれて、意識もはっきりしないほど深刻な状況にありました。母は私を抱きしめて泣き、私も悲しくて泣いていました。目が覚めた後に、枕カバーも涙で濡れていました。その時、『轉法輪』の言葉を思い出しました。「亡くなった両親があれこれと頼んできて……いずれもやってはならないことばかりという時、やってしまえばあなたが駄目になります。煉功者というのはこんなにも難しいのです」、「情から抜け出すことができれば、誰もあなたを動揺させることができず、常人の心があなたを動かすことは不可能となります。それに取って代わるものは慈悲の心であり、より高尚なものです」。確かにその通りで、私は修煉者であり、常人の心に動かされるわけにはいきません。
またある日の夢の中で、私が母のそばに寝ていた時、母は「前世、あなたは私の官職を奪った。私は高官になる機会をあなたに譲ったので、今、返して!」と言って、私に毒薬を注射しようとしました。私が注射器を折ると、薬液はぶぁ~と垂れました。目が覚めた後に、亡くなった母にきりがなく妨害されているのは、やはり私は情をきれいに取り除いていないからだ、と悟りました。そこで、私は母と善解するように発正念しました。私は母に「お母さん、前世にお母さんとどんな縁を結んだか知りませんが、たとえどんな情況でも、私を妨害しないでください。私が今やっている衆生を救い済度することは、宇宙の中で最も正しく最も大きい事なので、私を妨害することは罪を犯すことになります。私が円満成就してから、きっとお母さんに最も適切な処置をしてあげますから」と話しました。
また師父は『二〇〇四年ニューヨーク国際法会での説法』に説かれた「善解」に関する法理を読み上げて、母に聞かせました。「宇宙で法が正される中で、私が法を正すことを妨害しないものに対して、適切な処置を取り、未来の生命になるようにします。善解されたければ、私から離れて、私の周辺で待ってください。もし本当に私から離れる力がなければ、私を妨害するための如何なる作用もしないでください。将来私が圓満成就することができれば、皆さんのことを善解します。それらの全く良くないもの、まだ私を妨害しているものは、基準に従い、残ることができなければ、根絶されるしかありません。私があなたを消滅しなくても、宇宙の法もあなたを残しません」。それから、母は二度と私を妨害しに来たことがなく、私も徹底的に母に対する情を放下しました。大法の威力は本当にできないことはありません!
夫も4年前に他界しました。夫は2カ月ほど病魔と闘っており、ある日転んだ時に、私は隣人を呼んで手伝ってもらいたかったのですが、思いがけずに隣人は医者を呼んできました。医者は夫を病院に送ろうと再三に主張しました。私の心が揺れ始めて、最後に人心が浮かんで、病院に送らなければ、何かあったら夫の両親に申し開きできないと思って、夫を病院に送ることを承諾しました。しかし、病院に移送する途中で夫は息を止めました。夫が亡くなって半年もの間、私は仕事を休んでいます。学法と煉功を続けていますが、夫を思うと涙が乾きません。娘は私を師父の写真の前に引っ張っていって、「お母さん、私とちゃんと修煉しようよ」と言ってくれました。そうですね、娘を含む周囲の人に、特に師父に心配をかけてはいけません。私は夫を失った悲しみから覚めました。
よく夫と一緒にいる夢を見ましたが、最初、私はあまり気にしていませんでした。ある日、夢の中で自分は夫に「私を連れていって」と言ってから、事態の深刻さがやっと分かりました。「今から、必ずこの情を放下する」と自分に言い聞かせ、私は大量に学法して、この世に生れた目的、つまり師に助けて法を正し、衆生を救い済度することをはっきりとさせました。そこで、私は元気になって、真相を伝えに街に出ました。それから、暴風雨の天気以外、私は一日も欠かさずに街に出て真相を伝えました。ある日の夢に、私は空を飛んでいて、手に師父がくれた棒を取って、「師を助けて法を正すために、私はこの世に降りたのよ」と何回も何回も叫んで、自分の叫び声で目が覚めました。起きてみたら、涙はすでに枕カバーを濡らしていました。それから、夫に対する情は明らかに薄くなりました。
娘は私の唯一の肉親で、娘に対する情、娘が精進しているかについて心配のために、私はいても立ってもいられないのです。その情をどのように除去すれば良いでしょうか。夢の中で師父はまた私をご啓示されました。夢の中で私は娘に「あなたに対する情をどのようにすれば放下できるのでしょうか」と聞くと、娘は笑って「それは簡単よ、つまり何も考えなければいいのですよ」と答えました。目が覚めて、私はやっと分かりました。何事も考えすぎると執着になり、何も思わなくなったら、放下できます。それから、娘を思う気持ちが浮かんだら、私はすぐ学法をします。学法する中で情を淡泊にさせます。
ある日夢の中で、一匹の妖怪が憎々しげに一つの花輪をくれました。花輪は肉親が死ぬ時に使うものなので、もしかして娘は……と思うと、夢の中で私は号泣しました。目が覚めたら、それは旧勢力が私たち母娘を害するために演化した虚像だと思いました。師父は『精進要旨二・最後の執着を取り除こう』に説かれた「一つの心も動じなければ、すべての動きを制することができるのです」と説かれとかれました。いかなることにも心を動かされないように心性を守ろうと私は決心して、平穏に「三つのこと」をしています。
(続く)