【明慧日本2014年3月5日】
慈悲で偉大なる恩師、こんにちは! 同修の皆さん、こんにちは!
私は1997年に修煉を始めた68歳の大法弟子です。修煉とは昔から縁がありました。私は幼い頃、『済公伝』や『西遊記』などの神話ストーリーを読んだ後、すぐに修行したいと思いました。80年代に気功が盛んになっていた頃、私は数種類の気功を習いましたが、どれも私が捜し求めていたものではないと思いました。1996年の秋、私はある友人の家で法輪功を知り、1997年の春に、もう一人の友人の家で法輪功を紹介されました。その友人はすでに修煉を始めていて、効果が非常に良いと言い、私に『轉法輪』を渡し、じっくり読んでみてと言いました。
『轉法輪』を読み終えた私は、これは天から授かった本だと感じ、李洪志先生も普通の気功師ではないと思いました。私は法輪功を修煉することを決心し、この「大法」こそが私の捜し求めていたものだと思いました。
現実に直面し、恐れる心を取り除く
中共の数十年の大小の政治運動や残虐な独裁政治の中で、国民は恐れ、疲弊しました。年月が経つにつれて、人々はこの共産党を恐れ、しかもこの「恐れ」は人々の思想の奥深くに根付いて、一種の変異した観念、意識になってしまいました。7.20以後、恐れる心が重い学習者は修煉をやめるか、家に閉じこもるか、他の宗教に転じる人もいました。
もちろん、真に師父と大法を堅く信じる弟子たちは「三つのこと」を実行する中で徐々に恐れる心を取り除き、ますます精進するようになってきました。中共に対する恐れる心は、法を正す師に手伝い、「三つのこと」を実行する際にある程度の妨害になったことは間違いありません。師父は『至難の関から抜け出す』の中で次のように説かれました。「恐れの心は、人々に間違ったことをさせることができ、人々に機縁を失わせることもできます。恐れの心は、人間が神に向かっていくときの至難の関です 」。まさにこの恐れる心によって、私は邪悪から受ける迫害の中で師父と大法に対して申し訳ないことをし、邪悪に妥協してしまいました。このことを思い出す度に、私は心が痛みます。
黒巣から出た後、私はずっと恐れる心にコントロールされ、家で夫と一緒に学法、煉功し、大法を実証するプロジェクトに一切参加せず、そうすれば自分の安全を守れるかと思いました。しかし、旧勢力は諦めませんでした。旧勢力は「610弁公室」の人員を利用し、私のデマを流し、それを聞いた私は心が苦しかったのです。精進しておらず、問題を考える際は法に沿っておらず、常人の思想に駆られた私は邪悪を避けようと思い、夫と一緒に家出をしました。しかし、旧勢力は相変わらず私を妨害しました。
師父は『至難の関から抜け出す』 の中で「修煉は厳粛なことであり、このように恐れ続けていけば、いつになったら、恐れの心の束縛から解放されるのでしょうか? 」「修煉はほかでもなく修煉であり、修煉はつまり執着を取り除くことであり、人間の良くない行為と、あれこれを恐れる人心を含む、各種の恐れの心を取り除くことです 」と説かれました。旧勢力はまさに私の恐れる心を目当てに来ており、恐れる心を取り除き、関を乗り越えなければ、どこまで避け続けることができるでしょうか? 学法を通じて認識できたのですが、表面上、邪悪は私を妨害しているように見えますが、実質のところ、自分の恐れる心が自分を妨害しています。恐れる心の根底は、利己心であり、自我への執着です。恐れる心を取り除きたければ利己心を取り除き、自我を放下するしかありません。師父は『法を良く勉強していれば、人心を取り除くことは難しくない』の中で、「しかし、恐れる心があるかどうかは、修煉者が常人なのか、神なのかを判断するときの基準であり、修煉者と常人との違いもここに表れています。これは修煉者が避けて通れない心であり、修煉者が取り除かなければならない最大の人心でもあります」と説かれました。私は心を静めて学法し、発正念を強め、自身の恐れる要素を排除し、この恐れる心を直視し、師と法を堅く信じ、この最大の人心を取り除き、真に神に向かう道を歩もうと決心しました。
正念が強くなり、法理が分かってから心身ともに軽くなったのを感じました。師父は「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」(『精進要旨』「法の中に溶け込む」)と説かれました。生命の意義から言えば、この世に生まれるのは大法を得るためではありませんか? 大法を得た以上、大法の中で円満成就できるなら、何を恐れることがあるでしょうか? この常人の皮を失うことを恐れるのですか? 大法修煉者にとっての「生」と「死」の違いは、肉体の有り無しだけではありませんか? 真の大法弟子は大法を実証し、衆生を救うためなら、肉体を失っても大したことはありません。ここまで考え、私は自分の恐れる心が本当に解体されたのを実感し、正念も強くなり、「610弁公室」のリーダーに会いに行き、対面して真相を伝えようと決めました。
ある日、私は当地の「610弁公室」のリーダーを誘い出し、彼と対面して3時間ほど真相を伝えました。大法修煉は良い人になることから、天安門の偽「焼身自殺」まで、そして黒巣の中で私が見てきた法輪功学習者達が受けた残忍な迫害の等々を伝えました。以前、彼の前でこういうふうに真相を伝える人がいなかったため、彼は聞きながら頷き、法輪功の良さと大法弟子が良い人であることを認めました。彼の認識の変化は彼自身のこれからの命に希望を与えました。旧勢力は私が恐れる心を取り除いたのを見て、「610弁公室」の職員を操って私への妨害をしなくなりました。
老、病、死の観念を放下する
大法を得てからすでに十数年経ちますが、私は未だ老、病、死の旧い観念を放下できておらず、いつも自分が「幾ばくもない余命」だと考え、時間があまりないので、急いで学法し修煉しなければならないと思っています。法を実証しても自信がなく、特に技術的なことは避けて通ろうとしています。そして若い同修の前でいつも口にするのは、「5年遡れば私は・・・」で、相は心から生じるように、私は本当に自分が思うように老けてきました。先日、会社に言われて写真を撮りましたが、自分もその顔にびっくりしました。こんなにも老けていたのでしょうか!? 同修は私の状態が正しくないと、「生老病死は常人の状態で、あなたはそれを否定し、認めてはなりません」と気づかせてくれました。師父も説法の中で、「われわれのこの功法は、真に性命双修の功法であり」、「身体が若者の方向に少しずつ逆戻りし、少しずつ転化され」(『轉法輪』)と、説かれました。考えてみれば、私はずっと老、病、死の観念を抱え込んでいたのではありませんか? 自ら旧勢力の按排を認めていたのではありませんか? この観念は変えなければならず、私の体を「成長盛り」の若者の状態に戻していかなければなりません。この一念だけで、私は本当に変わりました。体が軽く、動きが素早く、心身ともに「成長盛り」の若者のようになり始めました。
全体の協調に参加する
1999年の「7.20」の前に、当地の大法輔導站の責任者が何かの原因で辞め、市の輔導站の同修から私に責任者になるよう言われ、私は躊躇し、その責任を担えないと思いました。「7.20」の直前、市全体の大法弟子は市政府に陳情に行き、戻ってから当地の派出所が行う洗脳班に呼ばれ、「煉功を取締り、陳情は禁ずる」と言われました。大法を守り、邪悪の違法行為を排斥するために、同修達は市内の主要交通路の路肩の電信柱に「法輪大法好」、「真善忍好」といった横断幕を貼りました。私たちのこの行動は大いに邪悪を震え上がらせました。しかし、その後同修達の歓喜心により、邪悪に隙を乗じられ、20数人の同修が不当に連行され、4人の同修が労働教養処分の迫害を強いられました。私はその1人でした。
労働教養を終えて家に戻ってから、私は恐れる心が強く、外に出ませんでした。いつも考えていたのは、よく学法し、能力があり、邪悪の監視対象外の、当地の協調人を見つけることでした。これは人心を持って問題を考え、法に沿っていないので、結局、願いは叶いませんでした。法を正す中での全ては師父が按排して下さっているので、私が何を決められるでしょうか?
2007年頃、同修の丁さんは私に、「地方の同修の甲さんはうちの地方で商売をしていて、住まいを探していますが、なかなか気に入った場所が見つかりません」と言うので、私は「彼は確かに修煉者ですか?」と尋ねました。丁さんは「2回ほど会いましたが、なかなか法理を理解しています」といいました。私には当時住んでいない家があるので、甲さんと会えるよう丁さんに頼みました。2日後、私は甲さんと会いました。彼との交流の中で、なぜか私は彼とどこかで会った気がしました。彼は法理について明晰で、私もすかっとしました。
師父の按排だったのかもしれませんが、数日後、甲さんと再び会った際、私たちの会話は基点から範囲まで、前回とは違っていました。交流の中で分かったのですが、彼は以前から協調の仕事をしていて、私と一緒に、当地の同修が一体になるよう頑張りたいと願っていたそうです。私は嬉しくて、これは慈悲で偉大なる師父の按排であり、当地の同修や衆生への慈悲です。私の願いはやっと叶いました。
その後、私たちは交流を重ね、当地の同修達の全面的な状況を彼に説明すると、彼は心の焦りを感じました。私は彼に当地の協調人を担うよう勧めましたが、彼は当地の状況も人員についてもあまり熟知していないので、師父の按排に従い、自然に任せようと言いました。彼はまず、当地から数人の能力のある同修を選んで、6~7人からなる学法グループを形成し、今後の全体の協調の土台作りをすることを助言し、私はそれに賛成しました。
私は学法グループの設立に賛成ですが、私自身は参加したくありませんでした。私は自身の恐れる心に阻まれていました。彼は「私も邪悪に迫害されたことがあるので、私にも恐れる心があります。しかし、私が思うには、全体に溶け込めば、もっと早く向上できるのです」と言いました。その後、彼は法理に沿って自分の恐れる心を取り除いた体験談を教えてくれました。師父は「迫害される中で、たとえ本当にこの人間の皮を脱ぎ捨てたとしても、大法の修煉者を待っているものは、同様に圓満成就です。反対に、いかなる執着と恐れる心も、あなたを圓満成就させることはできないのですが、いかなる恐れる心であろうとも、それ自体、まさにあなたが圓満成就できない関であって、あなたを邪悪な方向に転向させ、裏切るように仕向ける要素でもあるのです」(『精進要旨二』「大法は堅固にして破壊不可能である」) と説かれました。法理上、恐れる心を避けて通ってはならず、必ずこの関を乗り越えなくてはなりません。その後、私はグループ学法に参加し、そして私たちの学法グループもその後当地での初めての協調グループになりました。
この協調グループに入って4年経ちました。4年の中で、トラブルや論争、衝突がありましたが、その間自我に執着する心も露呈されました。皆が学法の中で内に向けて探し、自分を修め、できるだけ全体に合わせていくように努めました。4年の間に、皆が成熟し、今は闘争心や顕示心、自我に執着する心が少なく、トラブルが減り、何かあればまず他人のために考え、お互いの協力もスムーズになりました。
この数年の良い協調のお陰で、同修たちの修煉状態に大きな変化がありました。例えば、以前同修たちには恐れる心があって、当地の邪悪は暴露されることがありませんでした。全体的に協調し始めてから、私たちは師父の法を良く学び、法を師とし、師父の正法の進展についていくことの重要性を再認識し、邪悪を暴露すること自体、邪悪を解体し、衆生を救うことであることを認識できました。最初は圧力を感じながら邪悪を暴露し、邪悪は強烈な反応を見せました。しかし私たちは恐れず、師父と法を堅く信じ、やり遂げていくうちに邪悪は霜にあたった茄子のように、しぼみました。今は「610弁公室」であれ、公安局のメンバーであれ、警察であれ、誰も大法弟子を妨害したり、迫害したりすることを自ら進んでしないようになりました。
グループ学法を通じて、全体の心性が向上し、大きな変化が見られました。例えば、私には以前から「口を修めない」という最も顕著な問題がありました。一部の同修には顕示心や好奇心が存在し、噂を聞きたがり、資料の由来についても最後まで追及したがります。今は同修たちの認識が一致したことは、「口を修めない」ことは心性の問題だけでなく、安全の問題も齎します。その後私たちは交流を通じで「口を修めること」を重視し、明慧ネットから関連文章をダウンロードし、皆で一緒に学び、参考にしました。
協調グループの同修たちは各学法グループの交流に参加しました。交流の中で、「以前、口を修めることはあまり重視しませんでした。噂を聞いて広げ、自分が偉いことを見せびらかしたかったのです。そんなに大きな危害が潜んでいることは知りませんでした。口を修めなければ邪悪を助けてしまうことになりますね。これからは本当にこの口を慎しまなければなりませんね」という同修がいました また、同修たちは今の修煉環境は「7.20」以前の環境とは違うことにも気づきました。互いに伝えるべき事案かどうか、根拠を聞き出すべきかどうかをよく分別し、好奇心を取り除き、全体の安全を考えて行動すべきことも認識しました。そして、口を修めることは安全のためだけでなく、修煉者として厳粛に対応すべき事案であることも認識しました。なぜなら、私たち修煉者が言い出す言葉には、良い話であれ、悪い話であれ、そこにはエネルギーが蓄えられていて、違う結果を齎します。皆は口を修めないことにより齎す危害が分かり、この方面で大きな進歩を見せました。
同修と協力する中で、他の協調の同修が十分な学法や煉功の時間をもてるように、私は出来るだけ具体的なことを多く負担するようにしています。ある同修は協調以外、コンピュータの技術指導も担っていて、多くの時間を取られ、通常の学法や煉功さえ保証できていません。当地では技術の分かる同修がいなく、私だけが少しコンピュータの技術を知っています。私は自分にこの仕事をこなせる能力があるようにと師父に加持を願い、正念を得た後、私は同修に言いました。「コンピュータの設置や修理などの仕事は私に任せてください。あなたは空いた時間にもっと学法や煉功に専念してください」というと、同修は感動しました。自分には本来この方面の知識があまりなく、実践の中で多くのトラブルに遭遇しましたが、師父の加持により、今の私は通常のシステムの設置や修理を無難にこなすことができます。
某協調同修は多くの協調の仕事を担い、彼のプリンタの修理技術は優れていて、資料点のスムーズな稼働を推進するため多くの時間を投じています。同修の負担を減らすよう、彼の良い提案の殆どは私が積極的に実行しています。師父は『各地での説法二』「二〇〇二年ボストン法会での説法」の中で「私はいつもこういうことを皆さんに話しています。つまり、大法弟子は如何なることをする時でも、まず相手を考えるべきです」と説かれました。私は師父のこの説法を肝に銘じ、その以後の協調において皆ともっとスムーズに協力し合うことができました。
法をよく学び、情による困惑を取り除く
皆とスムーズに協力し、法を正す師に手伝う最中に、私の伴侶が突然この世を去りました。私は再度迷いに陥って、修煉が停滞し、かなりの時間と努力をしてやっと協調に復帰できました。
それは2010年でしたが、私の伴侶(同修)は短い間に、突然の「病業」で人身を奪われ、私は常人の情に陥ってそこから抜け出せなくなりました。40年の歳月を共にしてきた家内ですが、特に私が邪悪から迫害を受けていた頃、彼女が耐えたことや払った犠牲は大きすぎました…。私は彼女と結婚した日から彼女が世を去る日までの出来事を一つ一つ思い起こし、心には後ろめたさと悔やみがいっぱいでした。後ろめたく感じたのは、私は家内の事を気にかけたことが殆どなく、自分の責務を果たさなかったことで、悔やむのは、自分はよく学法しておらず、ちゃんと自分を修めなかったことで彼女を助けることができず、師父について一緒に戻る機会を失わせたことです。彼女がいるとき、私は安楽の中で過ごしていましたが、彼女がいなくなった後、私には寂しさと苦痛しか残っていません。大法を修煉していなければ、私も彼女についてあの世に行ったでしょう。
その頃、私は1日を1年のように感じていましたが、迷いの中で、慈悲なる師父は悟らせて下さいました。「法は一切の執着を打破することができ、一切の邪悪を打破することができ、一切の虚言を排除することができ、法は正念を固めることができるのです」(『精進要旨二』「妨害を排除せよ」) 私は執着を取り除き、情の困惑から抜け出すには大法しかないことを知っています。正念の下、私は苦痛に耐え、学法を続けました。師父の説法ビデオを1日に3講見たり、繰り返して聞き、その後、師父の『オーストラリア学習者への説法』を繰り返し聞きました。また、私は明慧ラジオの放送の「ミラレパの修煉の物語」を何回も聞きました。平常な心を保てる時、私は『轉法輪』や他の経文を読み、妨害があれば私は大声を出して、自分の主意識が強くなるようにしています。学法すればするほど、私は集中できるようになり、心身ともに楽になって、体の細胞の一つ一つが大法のエネルギーによって満たされているように感じました。
師父は『轉法輪』の中で「修煉は、錬磨の中でこそしなければなりません。常人の持っている七情六欲を放棄することができるかどうか、それらに対して淡々としていられるかどうかが問題です。どうしてもそれらのものに執着するのであれば、修煉を成就することはできません。すべてのことには因縁関係があります。人間はどうして人間でありうるのでしょうか? それは人間には情があり、人間は情のために生きているからです。肉親同士の情、男女の情、親の情、感情、友情など、何をするにしても情が重んじられ、情を切り離しては何ごともできません。やる気があるかどうか、気分が良いかどうか、愛しているのかそれとも憎んでいるのか、とにかく人類社会のすべてのことが情から出ています。この情を断ち切らなければ、修煉することはできません。情から抜け出すことができれば、誰もあなたを動揺させることができず、常人の心があなたを動かすことは不可能となります。それに取って代わるものは慈悲の心であり、より高尚なものです」と説かれました。この部分の説法は数えきれないほどの回数勉強してきましたが、今のように法理が明晰になり、親しみを感じることはありませんでした。常人は情に執着し、修煉者にとっても情を乗り越えることは非常に難しい一つの関です。
私は情の困惑から抜け出し、情に左右されないようになろうと決心しました。法理に沿って私が分かったのは、夫婦の縁は一生限りで、人間が死ねば前世と後世に自分が誰になるか分かりません。情を放下し、幻から目が覚めて初めて師父が按排して下さった修煉の道を歩むことができます。修煉の角度から考え、家内は大法を得た人として、生死に執着せず、人身を失う可能性があることを知りつつ、最後の一刻まで師父と大法を堅く信じ、怨まず、悲観しませんでした。臨終の15分前まで、彼女は同修と一緒に『論語』を暗唱し、同修の間違いを指摘しました。彼女は師父の法を暗唱しながら、微笑んでこの世を去りました。同修たちは彼女の堅い信念に感心し、早くこの世を去ったことに遺憾の涙を流しました。
彼女が生きていたとき、家の全てのことに気を配り、私は全く心配が要りませんでした。しかし、彼女が急にこの世を去ったことで、私は何もかも出来なくなりました。洗濯や炊事、家の片付けはもちろん、もっと苦しく感じたのは孤独と寂しさでした。 友人に再婚を勧められ、常人の観念からすれば、家にはそういう人が要ります。しかし私は再婚してはいけないと思っていました。同修たちも私のことを心配し、法に沿って相談に乗ってくれました。一部の同修は再婚してはいけないと、こう言いました。「法を正す時期の最後に来て、未だこのような考えがあってはどうしますか? 常人の生活を追求することは安逸心ではありませんか?」。その通りです。しかし、常人の中で生きる私は、どうしても皆の意見に左右され、正念が少し緩んできています。私はこう考えました。「もし師父が目の前にいらっしゃるなら、師父は私の質問にどう答えられるでしょう?」。最後に私は決心しました。やはり安逸心を取り除き、自分の全ての精力を「三つのこと」の実行に投じようと思いました。
今の私は本当に体得しました。「あなたが思っている如何に大きな魔難にしても、苦痛にしても、いずれも良いことです。それはあなたが修煉したから現れたことです。魔難の中で業力を消すことができ、魔難の中で人心を取り除くことができ、魔難の中であなたを向上させることができます」(『二〇〇八年ニューヨーク法会での説法』)
今の私は確信しています。この回帰の道に、私の歩みを阻むものは何一つありません。師父に感謝致します!
(明慧ネット第八回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)