【明慧日本2014年7月4日】遼寧省錦州市の法輪功修煉者・劉玉栄さんは中学校の教師である。劉さんは法輪功を学んでいるとの理由で2008年7月、裁判所に懲役6年の不当判決を宣告され、省女子刑務所に拘禁された。刑務所で劉さんは残酷な迫害を受け、高血圧症が発症し、脳出血になり自立生活ができなくなった。そのため、刑務所側が劉さんに治療のための「一時出所」の手続きをさせたという。
劉さんは1996年、「法輪功が健康にとても良い」という噂を聞き、法輪功を学び始めた。法輪功を学んで数日後、劉さんは、いつも就寝時に悪い夢を見ることから来る胃病、吐き気、両足のリューマチなど、長い間苦しめられた病気が消えた。それから、病気のない体を得て、「法輪功は本当に不思議な力がある」と劉さんは自ら体験した。
しかし、1999年7.20、中国共産党は法輪功への弾圧を開始し、マスコミを利用して、一斉に法輪功への誹謗中傷を始めた。しかし、法輪功の良さを体験した劉さんは動揺せず、法輪功の修煉を堅持した。
2004年、劉さんは生徒に教える教科書に法輪功への誹謗中傷の内容があることに気づいた。劉さんは生徒たちが当局の虚言に騙されないよう、授業中に生徒たちに法輪功の真実や法輪功が迫害されている真相などを伝えた。2007年までに、劉さんは約800人の生徒に法輪功の真相を伝えた。
2008年、当局は北京五輪の機に狂ったように法輪功修煉者に迫害を加えた。同年の5月27日、仕事を終えた劉さんは金宝嶺村に住む2番目の姉の家に行ったが、着いたばかりで、翠岩鎮派出所の警官5人が姉の家に侵入してきた。警官は劉さんに手錠をかけ、パトカーに押し込み、劉さんの姉も連行した。派出所で劉さん姉妹は手錠をかけられ、法輪功創始者を罵ることを強いられたが、拒否した。その後、警官らは劉さんの家に行き、家宅捜索をし、家にあった法輪功の関連書籍、パソコン2台、プリンタ、コピー用紙、DVDディスクなどの私物を没収した。
翌日、劉さんは錦州第二留置場に送られ、姉は拘留所に入れられた。
2008年7月27日、劉さんは凌海市裁判所に開廷され、懲役6年の判決を言い渡された。8月1日、劉さんは留置場の迫害より中風の症状が現れ、口と目が歪み、半身不随になり、血圧も高かった。2週間後、警官は劉さんがこのままでは刑務所入所のための健康診断で不合格になると考え、劉さんを公安病院に連れて行った。そして、病院の医師は「入院して観察が必要だ」と言ったが、劉さんは留置場に連れ戻された。それから、留置場側は劉さんを刑務所に入れるため、刑務所の健康診断の担当者に賄賂をおくった。
その後、劉さんは9月9日に女子刑務所に送り込まれた。弱々しい劉さんは建物の廊下の地面に置かれ、着ている服を脱がされ、服と所持品を検査された後、受刑者たちに担がれて刑務所病院に送られた。そして、嘔吐が止まらない劉さんは血圧を測られ、採血されて、点滴をされた。
刑務所病院に2週間入院した劉さんは、精神病を患っている受刑者たちの第一小隊に移送された。この隊の全員が、睡眠も食事も労働も自分のベッドで済ませなければならず、とても環境が悪かった。劉さんは奴隷労働を拒否した。
2009年2月4日から約2週間、劉さんは「転向」を強要された。2階にある部屋に連れられた劉さんは毎日、法輪功創始者を誹謗中傷するビデオを見せられ、「三書」を書くことを強いられ、7日間睡眠を許されず、頭を殴られた。そのため、劉さんはめまいを起こし、血圧が200まで上がったが、けっして警官の洗脳には屈しなかった。
その後、刑務所側は劉さんに対してさらに迫害を加えるため、劉さんを2監区に移した。劉さんは毎日、10数時間の労働を科され、少量の食事しか与えられず、家族との面会もお風呂に入ることも許されなかった。
劉さんは刑務所で数々の迫害を受けた末、脳出血になったという。