文/カナダの大法弟子
【明慧日本2015年6月9日】
尊敬する師父、こんにちは!
同修の皆さん、こんにちは!
私は2012年7月に大法を学び始めました。今日ここで皆さんと、自分が法を得た過程と法を得た後に起こったいくつかのことを発表し交流したいと思います。
一、大法を学ぶ過程
カナダに来たころ、私は未だに解けない謎や、不思議な現象にとても興味を持っていました。その時、父が同修たちの書いた文章を見せてくれた中に、師父と『轉法輪』について何度も書かれていました。私は師父が書いた本を読みたいと思いました。父は先に同修たちが書いた文章を読み終わってから、『轉法輪』を読むようにと言いました。
それから間もなく、私は同級生と一緒に現地にある子供訓練部隊の活動に参加しました。活動が終わってバスに乗る時、地面に落ちていた数枚の紙を見つけました。同行していた同級生の親に聞いたら、カナダドルだと分かりました。そのお金を拾って子供訓練部隊の責任者に渡し「落とし主に渡して下さい」とお願いしました。家に帰った後、父は同級生の親からその話を聞き、とても喜び「何かご褒美をあげよう。何がほしい?」と聞きました。私は「それなら『轉法輪』を早く読みたい」と言い、私はそれで法を得ることができました。
二、 師を信じ、法を信じ、危険を無事に
7年生の2学期のある日、そろそろ授業が終わりかけた頃、一人の同級生とふざけていました。彼は誤って鉛筆を私の目につき刺してしまいました。私はびっくりしましたが、すぐに師父が説かれた「物事の善し悪しは人間の一念によるものであり、その一念の違いによって異なる結果がもたらされることがある、とわれわれは言います」[1]という言葉を思い出しました。そう思うとあまり痛くなくなりました。トイレへ行ってみたら、何ごともなく、目も赤くなっていなかったので、師父が守ってくださったと分かりました。その後思い出すと、大変恐ろしく感じました。師父が『轉法輪』の中で説かれた言葉を思い出さなかったら、何が起きていたか想像すらできません。
三、神韻を広め、疲れを恐れない
2012年12月の冬休み、父は私を連れてシアトルへ神韻のチラシを配りに行きました。初めて神韻を広めることに参加しました。そこで毎朝45分間、動功をしてからチラシを配りに出かけます。向かう途中、みんなで師父の『論語』を暗記しました。目的地に着くと、それぞれがチラシを持って分かれて配ります。シアトルは山の中にある町で、配る時いつも階段や坂道を上ったり下りたりしました。8、9時間の作業中も食べ物はクッキーと水だけです。時には転んでも立ち上がって配り続けました。10日間も連続でとても疲れましたが、法を実証する仕事もできたし、神韻も広めました。シアトルの同修のおじさんは、「あなたは良いことをしていますね」と褒めてくれました。もう一人の同修のおじさんは、「よく働き、よく食べる」と言いました。私が高い階段を上って彼の家のドアにチラシを立てかけるのを見て、白人のおじいさんは「いいトレーニングをさせてもらったね」と褒めてくれました。
四、子供弟子の真相を伝えるグループに参加した
私は2013年4月から子供弟子の真相を伝えるグループに参加しました。私たちのところでは、同修は2、3人しかおらず、しかも子供弟子は私しかいません。父は仕事で帰りが遅いので、私に良い修煉環境を作るため、国際電話での真相を伝える大法子供弟子グループに参加させてくれました。初めの頃、私は法を読むスピードが速く、間違いも多かったのです。父は「法を読む時は真剣に読み、読み間違えをしないほうがいい」とアドバイスしてくれました。それからはスピードを落として、読み間違いもほぼ無くなりました。
グループで法を勉強してしばらく経つと、たくさんの子供弟子の電話の内容を聞き、自分も同修から送られたメールで練習してから電話をかけ始めました。最初の頃、少し緊張しましたが慣れてくるとだんだんよくなりました。よりよく三退をすすめ衆生を救い済度するために、状況に合わせて自分の電話内容を変えたりもしました。数日間で一人も脱退しない時もありますが、真相をたくさん伝えれば、彼らを救い済度できる可能性も増えます。以前その番号が存在しませんと言われると、次の番号にかけていたのですが、暫くの間、このような番号だらけででした。また一度目は通じましたが、二度目にかけると存在しないといわれる番号もありました。この事を同修のおばさんに伝えると、ネット通信の問題かもしれないので、何回も掛け直すと、通じるかもしれないと教わりました。やってみると、その通りでした。私たちの手に入ってくる電話番号の持ち主が、きっと私たちと縁のある衆生なのだと思いました。
この小さな町では、父が仕事に行くと私と一緒に煉功できないので、ネットで時間のある子供同修に呼びかけて、一緒に煉功することにしました。最初は45分間の動功をし、翌日30分の静功座禅をしていました。暫くすると子供同修は30分だと短すぎるから、少し長くしたいと言い出したので、第五式の功法の座禅を45分まで延長しました。しかし、第五式の功法を学んだばかりの私は、45分間座禅を続けられず、脚を組むといつも滑り落ちていました。夏休みに明慧学校で、ある先生が脚を紐でしばったら少し長くできると聞いたのを思い出しました。それで小さくなった洋服を出してきて、それで足を縛ると、だんだん堅持できるようになり、その後、更に動功と静功を1時間まで延ばすことができました。
五、法を広める仕事の中で、責任感を強める
最初、私たちの町では、私の他に二人の同修しかいませんでした。私が法を得て一年後、父に連れられ法を広める活動に参加しました。去年の7月、真・善・忍美術展を開きました。ちょうど夏休みだったので、エドモントンのおじさんと一緒に車で絵を取りに行き、その往復の道のりで私は発正念しました。それから絵を車に載せたり、降ろしたりして、展示会に向けて宣伝のチラシを配る事にも参加しました。展示会を見に来たたくさんの人に、同修の作った蓮の花をあげました。 カルガリーとエドモントンから支援に来た同修たちがみんな私の家に泊まり、毎日みんな順番で展示会場の入口で煉功しました。また、家に帰ったら一緒に法を勉強して、とてもよい修練環境になりました。
美術展の期間中に父は煉功場所を申請しました。美術展が終わり、その会場の外に町で一つ目の煉功点ができました。毎週土曜日に煉功しに行き法を広めています。一度は父の車が故障して、タクシーで行きましたが、その日は一気に20人あまりが法輪功を学びに来ていました。私たちが正しく行なったから、師父が励ましてくださったのだと思いました。
去年、サンフランシスコ法会から帰ってからも、人を救うことを更にしっかり行なわなければならないと私たちは思いました。手続きをして1ヶ月ぐらい待った後、父はついに許可を得て、町の活動センターで二つ目の煉功場所を作りました。そこで毎日、師父の説法ビデオを流しています。私は学校へ行くため参加できませんが、発正念をして手伝っています。
父がまた、町以外のところで法を広める活動にも参加するよう励ましてくれました。去年のカナダの建国記念日、私はエドモントンへ法を広めに行きました。その活動が終わった後、カルガリーへ行って天国楽団が参加するカウボーイズパレードに参加する予定でした。その前の週まで、天国楽団の曲をまだ一回しか練習しておらず、曲の三分の一しか暗記できていませんでした。うまく演奏できないと天国楽団の足手まといになるので行きたくありませんでした。しかし父は、この一年に一度の法を広める活動に参加し、自分の責任感を高め、独立心も鍛えて欲しいと望んでいました。でも私は他の人の演奏を壊したくないので、理由をつけて行かないようにしました。その後、父は天国楽団のある同修を尋ねて、私の現状を話しました。その同修は「参加したければ、吹奏学でなくても、太鼓を打ち鳴らすとか横断幕を持って歩いても良いですよ」と言ってくれました。ただ、時間がないので太鼓は無理と思いました。それで横断幕なら習う必要もなく、同時に吹奏楽も覚えることができるから行く事にしました。
エドモントンに着いてから、同修たちと一緒に役所のビルの前で集団煉功に参加しました。動功を2回し、静功を1回してから、また同修と一緒に興味のある人に大法を紹介するチラシを配りました。昼食の後、更に数回煉功して、発正念をしてから建国記念日の法を広める活動を終えました。
翌日、カルガリーに到着し、まず同修の家で一泊しました。翌日の朝、天国楽団が泊まる学校へ行きました。荷物を置いてから同修たちと一緒に進行のリズムと横断幕を持つ姿勢を練習し、吹奏楽の同修と基本練習もしました。翌日の午前中は、天国楽団の同修たちと一緒に車に乗って、パレードの場所へ行きました。行進の最終練習をした後、2時間あまりのパレードが始まりました。私たちの行列が通れば、あっちこっちで歓声があがり、歓迎の拍手をしてくれました。衆生の熱烈な反応を見て、私は心からとても嬉しく思いました。
パレード終了後、みんなはもう1箇所行って演奏したいと言い出しました。私は足が痛いので行きたくないと少し思っていたのですが、師父が説かれた「忍び難きは忍びうる。行ない難きも行ないうる」[1]を思い出し、2時間のパレードにも耐えたので、もう1回の演奏もきっとできると思うようになりました。
このたびの活動を通して、私は法を広めることは大法弟子一人一人の責任であると理解しました。今後の修煉の中で、私は三つのことをよりよく行なって、師父が法を正す事を手伝います。
以上が私の交流です、不適切なところをがありましたら、慈悲なるご指摘をお願います。
師父ありがとうございます! 同修ありがとうございます!
(2015年ニューヨーク法会)
注:
[1]李洪志先生の著作:『轉法輪』