【明慧日本2015年9月21日】
師父、こんにちは! 同修の皆さん、こんにちは!
十数年来、師父を信じ、大法を信じ、着実に修煉するにしたがって、師父がいつも私のそばにいらっしゃると感じました。私心を捨て自分のことを考えず、法輪功の真相を伝え、同修を救い、人々を救い済度するとき、心身ともにおおらかになり、正念はますます強くなりました。
下記は私がここ数年間真相を伝え、人々を救うときの修煉体験です。
(一)同修を救出
1、迫害に加担している警官に、留置所にいる大法修煉者を釈放するためお金を使った
地元にいる男性同修は法輪功の真相資料を配るとき、警官に強制連行されました。その時私は都市で仕事をしていましたが、ほかの同修からの知らせを受け、同修を救出するため、すぐ手元の仕事を止め、急いで地元に帰ってきました。
最初私は同修の家族と一緒に現地の生産大隊の書記、経理と主任に会い、彼らに法輪功の真相を説明しました。彼らにその同修は1999年に北京へ陳情に行ったことを理由に労働教養所に強制連行され、酷い拷問を受けたため、精神が錯乱状態に陥ったことがあり、今また強制連行され、迫害を受けている等々、とうてい納得いかないと伝えました。大隊の幹部は私の話を聞き、とても同情してくれ、自分たちに今何ができるかと聞きました。「この法輪功修煉者は良い人であるという証明書を出して頂きたいです」と私は言いました。彼らはうなずきすぐ証明書を作ってくれました。
次に国保(国家安全保衛、法輪功迫害の実行機関の1つ)大隊に行きました。派出所がすでにこの案件を国保大隊に報告していたからです。当時私は同修の70代の両親と一緒に行きました。同修の父親は常人であって、行っても大丈夫かと心配していました。これまで同修の家族はほかの同修と一緒に、すでに何回も国保大隊に行き、釈放を求めましたが、国保大隊は全く応じてくれませんでした。表面上は行っても何の効果がないように見えましたが、実は同修たちの真相説明は、次の釈放要求の下準備となりました。「今度は大丈夫ですよ」と私は言いました。同修の父親は私の話を聞き、自信いっぱいで行きました。ほかの同修たちは事前に集まって、正念を発し、現場でも数人の同修が国保大隊の外で正念を発しながら、私たちの救援活動を支援していました。私は迫害を受けている同修の両親とともに、国保大隊長に会いに行きました。
この国保大隊長は数年前、数万元の懸賞金をかけて、私を捕まえようとました。私が同修の両親と一緒に国保大隊に入ったとき、当時先頭で私を指名逮捕しようとしていた国保警官と、真っ向から出会いました。「貴方とは面識があるようですが」と彼は聞いてきました。私は正念を発しながら彼を直視し、「私たちは会ったことがありますよ」と答えると、彼はすぐ頭が回らなくなり、私が誰なのかを全く思い出せない様子で、呆然と出て行きました。
私たちは国保大隊長に会いましたが、彼はまた言い逃れようとしました。私は「今日、あなたがはっきりとした結論を出さないと、2人の老人はここから出て行きません。息子が連行された後、両親は毎日眠れず、すでに精神的に大きなダメージを受け、父親は元々教師でしたが、今はもう話せなくなりました」と訴えました。
それから私は彼の一家、祖父から孫まで三世代がいかに共産党に迫害されたかを訴えました。共産党が来てから、祖父が「地主」に分類されたため、父は「地主の子」、「犬ころ」と呼ばれ、優れた才能の持ち主であるにもかかわらず、どこに行っても差別されました。そして同修本人は「真、善、忍」を信じ、良い人になろうとしましたが、労働教養所に強制連行され、 酷い拷問を受け、精神が錯乱状態に陥りました。家に帰った後、修煉を通じて、ようやく正常に戻りましたが、今また強制連行されました、彼はもうこれ以上の迫害には耐えられません……。
私が心を込めて説明し、同修の救出を邪魔するすべての要素を排除しようと努力した結果、国保大隊長は同情心が徐々に出てきました。
同修の母親も修煉者ですが、まじめで無口な農村の女性でしたが、いつもいつも、「善のには善の報いがあり、悪には悪の報いがあります」と話していました。釈放を要求している間も、彼女はずっとこの一言だけを繰り返していました。私も彼女の話に合わせて、「そうです。誰もが年を取ります。彼の一家は皆良い人で、これ以上の仕打ちにはもう耐えられません。国保大隊長として、彼らを助けてください」と言うと、同修の母親は最後に一言「善悪には必ず報いがあります」と重々しく心を込めて訴えました。
このとき、国保大隊長は言いよどみ、「ああ!私……。こうしよう。連行したその人と話しなさい」と言い、今回、彼はおざなりではないことが分かりました。「大隊長のこの言葉があれば十分です」と私は言いました。
その後、私たちはまた派出所へ行き、当事者の警官に会いき、「あなたが人を強制連行しましたか」と聞くと、「はい」と答えました。「今朝、バスで来るとき、こんなに急いで何か急用でもあるのかと乗客に聞かれたので、私は弟が連行され、『真・善・忍』を信じたことが理由です」と言うと、乗客らは「法輪功修煉者は皆良い人で、現在の警官は良い人ばかり捕え、法輪功学習者を逮捕する人は悪い人で、みな能力がなく、何もできず、良い人を捕まって、出世しようと考えている」と言いました。
続けてその警官に、「聞いてみてください。人々はあなたのことをこんなふうに言っています。こんなことをやっていて、あなたは恥ずかしくないのですか」と聞くと、警官は、突然面目ないと思ったのか、片手で自分の顔を覆い、泣きそうな声で、「私もこんなことになるとは思わなかった、所長に話してください。私も一緒に行きます」と言いました。
私は所長のところに行き、同修の迫害された経歴を話しました。所長は、「こうしましょう。彼が迫害されて精神異常になったという以上、ほかの都市の某精神病院で鑑定を受けましょう」「鑑定する必要はありますか。こんなに酷く迫害された人をそんな遠いところまで連れて行ったら、耐えられるでしょうか」所長は「仕方がない。国保大隊に叱られないように、適当な理由を付けないとわれわれも釈放できない」と言いました。
実は派出所が案件を国保大隊に報告した後、同修たちは絶えず国保大隊に行き、正念を発しながら、真相を説明しました。また迅速に迫害者の情報を明慧ネットで暴露しました。国保大隊は迫害の真相が国際的に知られたことで圧力を感じ、案件を派出所に差し戻しました。このことで派出所の警官らは国保大隊に叱責され、辛い目に遭いました。
所長は「明日、鑑定に行く」と言い、「私も一緒に行きます」と言うと、所長は機嫌悪くなり、「上役はあなたが一緒に行くのを許可しない」と言うので、「私は行かなければなりません。何かあった場合、意思疎通ができます。このことであなたたちは上級機関の圧力を受け、つらい思いをしたでしょう」と私が言うと、所長の態度が大きく変わり、「明日はほかの都市に行かず、本市の精神病院で鑑定する。私は朝8時留置場に行き、人を連れて病院に行くから、貴方たちは精神病院で待ちなさい」と本当のことを言いました。
これは私たちを先に精神病院に行かせ、発正念で周囲の環境をきれいにするためだと私は思いました。翌朝私と2人の同修は早く行き、2時間余り正念を発し、空間場をきれいにしました。
しばらくすると、派出所の車両が来ました。所長は下車後、すぐ私のところに来て、まるで友達のように握手しながら、「遅くなり、ごめんなさい」と詫び、私も「大丈夫ですよ」と答えました。
所長、副所長と担当警官、運転手など4人が車から降り、強制連行された同修だけがパトカーに残されました。所長は私と2人の同修に、「貴方たちは早く車に行き、後ほど鑑定のとき、うまく話せるよう、彼とよく相談してください。今日絶対成功させましよう!」と言いました。彼の話はこの件において、貴方たち(大法弟子)が主役だという意味でした。
私たち3人の大法弟子がパトカーに入ると、長く会っていない同修がいました。私は、「どういうことか分かりますか」と聞くと、同修はぼんやりしていて、「私の同級生に頼まれたのですか?」と言い、私は「しっかりしてください。ほかでもなく師父があなたを救っています。大法弟子の正念があなたを助けています」と言いながら、彼に正念を取り戻すよう励ました。そのとき、私はふっと思い出しました:同修が15日間監禁され、迫害されるなか 正念を失っていたが、それでも救出がこんなに順調に行われたのは、やはり師父が私たちの一心で同修を救出しようとする心を見て、按配されたからだと思いました。
パトカーが病院に到着した時、警官は急いで謝礼を精神病院の院長や担当医師に渡し、みたところ、精神鑑定で望む結果を得られないことをとても怖がっているようでした。それを見た私は、「あとで彼らに300元を昼食代として渡そう」と思いました。私が300元を所長に渡したところ、所長は「なに、これぽっちのお金?われわれは謝礼をするだけで、3000元使いましたよ」と言い残し、不満そうに離れていきました。確かに所長が数十袋の特産品を病院に運ぶのを見かけました。 1袋は100元以上します。
そのとき、突然私の頭の中に「この警官たちは罪を償うため、良いことをしているのに、あなたが彼らにお金を渡したら、彼らを害しているのに等しい」と訓戒の声が聞こえてきました。
私はすぐ冷静になりました。心の中で、「弟子は間違いました。このことにおいては、少しでも人心が動じてはいけません。師父、弟子はどうしたら、よろしいでしょうか。私に挽回する機会がありましょうか。絶対このことで警官が業を造てはいけません」と言いました。ちょうど私が悔やんでいるとき、所長が帰り、300元を返してくれました。「この金は返します。今ちっとも自信がありません。もうだめかも、私が頼んでいた人が役に立ちません」と話し、副所長も帰って来て、「早くコネのある人を捜してください。ここで失敗したら、あの人は出られなくなります」と言いました。
私は300元を受け取り、心の中で弟子の過ちを指摘し、衆生に機会を与える師父に感謝しました。私は2人の警官を見ながら、「人を捜す必要はありません。彼は百パーセント出られます」と言うと、2人はすぐ私に近づき、低い声で「コネを捜しましたか?」と聞きました。私は「いいえ」と答えましたら、彼らは信じられない様子で、「貴方は絶対コネを使いましたね」と言いましたが、私はもうそれを聞かず、「今日のことは必ず成功します」とだけ返事しました。そのときの周りの空間場はとてもきれいになっていました。彼らも先ほど発生したことをきれいさっぱり忘れたようで、精神病院に入って行きました。
しばらくすると、この40代の所長は精神病院から走って出てきました。まっすぐ私の前に来て、男の子のように跳び上がりながら、興奮気味に「成功した!成功した!撤収しよう。明朝、迎えに行くぞ」と大声で叫びました。
このように私たちは一銭のお金も使わず、翌朝同修を家に迎えることができました。私たちは所長やほかの警官に「今後大法弟子を迫害することに加担しないでください」と伝えました。警官らは「分かりました。法輪功を連行する人は酷い目に遭います」と言いました。
(二)お金を使わず、正念の下、国保大隊長は老年同修を釈放する
数年前、1人の女性の老年同修が真相資料を配っていた際、真相を知らない人に告発され、派出所の警官に強制連行されました。派出所はこの件を国保大隊に渡しました。
老年同修の娘も修煉者で、彼女は同修と一緒に国保大隊に行き、釈放を要求し、真相を伝えました。ほかの同修も真相を書いた手紙を郵送したり、真相電話をかけたりしましたが、国保大隊長は耳を貸さないどころか、すごい剣幕で大法を誹謗し、大法弟子に話す機会を与えず、強制的に同修の家族を外に追い出しました。その間、国保大隊長はこの件を公安局法制課に渡し、老年同修に対して強制労働教養の決裁を言い渡しました。
救出活動に参加していた一部の同修は、労働教養の決裁が決まった以上、もう救出できないと思い、弱気になり、活動を続けることに動揺していました。私は考えました。この国保大隊長が真相が分からないのは別として、悪事を働くことを許してはいけない。大法弟子の前では、どんな邪悪もやりたい放題にできない。
ちょうどそのころ、国保大隊の警官は頻繁に私の家に来て嫌がらせをしていました。私はまず心を静かにして学法し、状態を調整してから、また老年同修の娘と一緒に釈放を求めに行こうと思いました。毎日『轉法輪』の五講か六講を続けて勉強し、そのほかの説法も勉強し、毎回正念を1時間以上発し続けました。
連続して一週間学法したとき、良い状態に調整できたと感じました。その夜、私は夢を見ました。1つの交差点で、何人かの警官が道を塞ぎ、人々の通行を止めていました。 私は交差点に向かって歩き、数人の警官が阻もうとしましたが、「定」と言ったら、彼らはそこに止まって、動けなくなりました。私がさらに進むと、また数人の警官が殴ろうとしましたが、「定」と言ったら、彼らは手を上げたまま、動けなくなりました。私は正々堂々とその交差点を通りました。 夢から目覚めたとき、誰もが私を動かせない、大法弟子の正念は無限の威力を持っていると、私はさらに確信しました。
ほかの同修は、「国保警官があなたの家に嫌がらせしにいったばかりなのに、あなたが行って大丈夫ですか」と心配してくれました。私は「大丈夫です」と答え、警官の嫌がらせはまるで何百年前のことのようで、遠くて幻のように感じられました。
私たちは国保大隊長・張平(仮名)のオフィスに行きましたが、彼はとっくにどこかに隠れてしまいました。私たちは彼のオフィスで正念を発しました。しばらくすると、1人の警官が来て、「誰を捜していますか」と聞ので、「張さんを捜しています」と答えました。その警官は熱心に「彼は今そちらの小部屋にいます」 と教えてくれました。
私たちがその小部屋に入ってみると、国保大隊長は本当にそこに隠れていました。隠れ場所が身内の警官により明らかになったことで、彼は怒りながらも、部下を叱責できず、そこに座ってハーハーと荒い息を吐いていました。
私はそこに行った目的を説明しました。彼は「私と関係ない。共産党のところに行け!」と機嫌悪く言いました。
私は「共産党と言っても責任者がいるでしょう。あなたは責任者ではないでしょうか」と尋ね、正念を発しながら「怒らないでください。今日あなたのところに来たのは縁があるからです」と付け加えました。
私は 「おばあさんは何の罪を犯したのですか」と彼に聞くと、「彼女は共産党を倒そうとした」と答えました。私は「違うでしょう。共産党はそんなに弱いものではないでしょう。1人のおばあさんが倒せるものですか?」と聞いたら、彼は「もうよさないか」と言い、つい笑ってしまいました。たぶん彼自信も邪党がおばあさんを迫害する理由がおかしいと思ったのでしょう。
私は突然感じました。1人の生命が共産党の嘘に騙され、邪霊に洗脳、制御されたとき、真善忍を信じる修煉者を迫害することで、自分の生命に対してどれほど大きな罪を造ったのか、本当に可哀想で、悲しいことでした。しかし、これらの生命は自分が何をやっているのかが分からず、本性が現れることは非常に難しいです。大法弟子が正念をもって、様々な方法で悪事を阻止することは、これらの生命に対する慈悲でもあります。
私は穏やかにかつ厳粛に国保大隊長に話しました。「おばあさんは違法なことは何もやっていません。今家にいる年寄の夫の世話をする人が誰もいません。誰もが年を取る日が来ます。今日あなたがこのポストにいるなら少しでも良いことをやってください」。彼はさっきの強気な様子と打って変わって、ひとり言のように「このことは私の責任ではない」と言い、私は「いいえ、このことはあなたの責任です。もう逃げないで、今日必ず解決してください」と言いました。
私たちは心緩めず正念を発し、外の同修も一緒に正念を発して協力しました。このとき、彼は電話機を取り、私に向けて「貴方たち、よく聞いて、このことはどの程度まで解決できるか分からないが、できるだけのことをやるよ」と言い、彼はすばやくダイヤルしました。「もしもし、某労働教養所ですか、○○さんですか、私は張平です。私のところに1人のおばあさん○○がいますが…」と言うと、相手は「あなたは後悔しましたか」と聞くので、彼は「彼女の夫は高齢で、子供が釈放を求めてきました……」と答えました。相手は「このことは簡単です。人はまだ送られてきてないのです。今日は金曜日で、 来週月曜日に人は送られてきます。受け入れるとき、私が適当な理由で、例えば高血圧症とかを書けば、人は出られます」と話しました。
受話器を下ろした国保大隊長は「貴方たちは来週月曜日に結果を待ってください」と言いました。
月曜日に国保大隊長から電話が来て、家族に老年同修を迎えに来るように伝えました。こうして、不法に1か月間監禁された老年同修は、こうして家に戻ってきました。
老年同修を迎えに行ったとき、ちょっとしたエピソードがありました。迎えに行く当日、釈放されることを知っていたため、私は迎えに行けませんでした。老年同修の娘に聞いたところ、何故だか分からないが、国保大隊長は彼女に対してカンカンに怒ったらしいです。大法弟子が警官に一銭も払っていないことが原因だという人もいました。実に国保大隊長が労働教養所に電話したとき、老年同修の子供が訪れてきたと話しましたが、労働教養所の警官は家族がお金を送ってきたと理解したようで、彼女を釈放したとき、国保大隊長がそのお金の一部を自分たちにも分けてもらうと思っていたようでした。現在の中国では「お金を使わないとことが進まない」という間違った観念が、すでに共産党により人々の頭に注ぎ込まれていました。実際同修の家族が一銭も払っていなかったため、労働教養所の警官の前で国保大隊長は弁明できず、カンカンに怒ったわけです。
大法弟子はこうような不正なものに動揺されず、師父の教えを聞き、正しい道を歩めば、それが生命に対する慈悲であり、正しく道を歩めば、誰も迫害できません!老年同修は家に帰ってからも、いままでの数年間しっかりと三つのことを行っていました。
(続き)
(明慧ネット第11回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)