【明慧日本2015年10月31日】四川省南充市在住の張清芬氏(73歳・医者)の夫である李建候氏は法輪功を修煉しているとの理由で徳陽氏刑務所で迫害を受けて死亡した。妻の張氏も迫害を受け、4年の刑務所生活を強いられた。不当に受けた迫害に対し、張氏は中国最高裁判所及び最高検察庁に対して江沢民を告訴した。
李氏は生前は南充市農業企業の副社長であり、市役所の責任者も務めていた。1996年9月に知人の紹介で法輪功を修煉し始めたことで、持病の骨増殖症、胆嚢ポリープなどが治りすっかり健康になった。また他人に対して寛容になり人助けをするようになった。
夫の変化を見て、張氏も法輪功の書籍『轉法輪』に興味を抱くようになった。読んでみたら、たちまちその内包の深さに魅せられた。このように張氏も、1999年3月から法輪功の修煉を始めた。
張氏は「修煉してから自分自身を厳しく律し、心構えが落ち着くようになり、肌も若返ったと感じた。日々の生活は、朝日を浴びたように幸せに満ちていて、この上なく充実していたという。この幸福感は、言葉で表すことはできず、ただ自分の修煉を精進することでしか、師父の御恩に恩返しできないと感じていた」と述べた。
以下は張氏が受けた迫害の記録(本人口述)である。
1.1999年7月21日午前7時、南充西城派出所のパトカーが突然現れ、有無をいわずに私を連行し、30元の罰金の末、釈放された。
2.夫は2000年7月11日に、北京に陳情に行ったことが理由で、南充市公安局に15日間拘禁された。北京から地元に戻る際に、同行した警官の移動費用の1500元も夫が負担した。さらに「もう2度と北京に行かない保証金」として1000元の罰金の支払いを強いられた。
3.南充市派出所の警官は、2001年1月9日夜11時に私の家に侵入し、夫を連行した。その2時間後にさらに8人の警官が、令状の提示もなく私の家に不法侵入し、法輪功関連のチラシ類を没収した。また夫は翌日から、順慶区留置場に30日間拘束された。
4.夫は2001年5月28日午前に、法輪功を非難する報告会への出席を強いられた。報告会の後に感想を聞かれ、夫は「内容はでたらめだ」と答えた。当日夜10時に、順慶区留置場に連行され、不法に20日間拘束された。
5.派出所の8名の警官は、2001年6月15日午後2時に令状の提示もなく突然私の家に侵入し、家宅捜査を開始した。その時、夫はまだ拘束されており、私一人だった。家宅捜索のすえ法輪功の書籍16冊、法輪功の真相を伝えるチラシ400枚などを没収された。また派出所まで連行され、異臭が漂う汚いトイレに、翌日午後2時まで閉じ込められた。その後順慶区留置場に連行され、40日間拘禁された。
6.2001年11月11日に、夫と法輪功の真相資料を配布していたことが理由で、不法に連行され地元の留置場で30日間不法に拘禁された。
7.私の1年間の年金(6000元)の支払いを停止する一方的な通知を、2002年1月に受領した。
8.2002年6月5日午前7時に、南充市順慶区の公安局の者が、私の家に再度不法に侵入し、私が所持していた法輪功の書籍を没収した。同日午後から夫は地元の留置場に拘禁され、その後20日間不法に拘禁されていた。夫は絶食して不法な迫害に抗議したが、両手と両足を縛られるなどの拷問に遭った。
9.翌年の2002年12月23日、私が順慶区裁判所に夫の裁判を傍聴に行ったが、その時夫は既に痩せこけていた。それでも3年の実刑判決を不当に言い渡された。
10.夫は迫害により刑務所で、2003年3月27日に死亡した。
11.私は2004年1月6日に、裁判所から4年の実刑判決を不当にいいわたされた。
12.私の4年間の年金(約25,000元)の支払い停止通知が届いた。
13.刑務所で服役中、私は何度も夫に会えるよう刑務所側に懇願した。その後、婿の嫁が面会に来たときに、夫が迫害により他界したことを初めて知らされた。また2006年になり刑期がもう少しで終わる頃、次男が2003年7月に自殺したことを告げられた。私はあまりにも衝撃が大きくて、倒れてしまった。
14.刑務所で服役中は、毎日朝7時から夜10時まで強制労働させられ、60歳を過ぎた年配の私も例外ではなかった。
15.2006年8月23日に釈放されてからも常時監視されており、時々警官が突然侵入し、私生活をかき乱されることは今でも続いている。