【明慧日本2015年11月2日】唐の時代に王顕という人がいて、唐太宗と幼馴染でした。唐太宗は皇帝になる前によく「王顕は長年待っても、高い官職に付けない」と冗談を言っていました。
唐太宗は皇帝になった時、王顕は唐太宗に「陛下、どうぞわたくしめに何か官職を、お与えくださいませ」と願い出ました。唐太宗はにこにこしながら「考えておこう」と言いました。そして王顕の3人の息子を呼んで、3人ともに5品の官職を与えました。
王顕は、自分の官職が息子らよりも低いため、皇帝に高い官職につけるようにと、再度願い出ました。唐太宗は「お前の人相を見ると、高官になるような人相ではないのー。今の官職でよいのではないか。このままで良いと思うがのー」と言われますと、王顕は、居ても立っても居れず「陛下、朝に高い官職をくだされば、たとえ夜、私は死んでも構いません」と申し上げました。
当時の僕射(官職名)房玄齢は唐太宗に「陛下様と王顕様は幼馴染で、古くからのご友人であられます。何か高い官職をひとつお与えになってみてはいかがですか」と勧めました。そこで、唐太宗は王顕に3品の官職を授け、紫色の長衣と金の綬も与えました。すると、どうでしょう。当日の夜、王顕は本当に亡くなってしまいました。
(『朝野僉載』)