天象が世の中の異常を事前に警告する
文/聖縁
【明慧日本2017年2月28日】大法弟子全体の修煉の時間は、師父に何度も延長していただきました。多くの弟子はそれを大切にし、絶えず精進していますが、一部の人は正法修煉の時間がそろそろ終わると聞く度、頑張って精進しますが、時間が経つにつれて緩み、何度も繰り返して緩めば緩むほど————これは大法を誤解し、師父や法を完全に信じていないことによる結果です。また多くの弟子、さらに師父の身の回りの人も、これに対して半信半疑になっており、圓満成就に対しても動揺し、怠惰するうちに中士まで落ちました。さらに少なくない人は「これが果たせない承諾」だと思い、大法修煉を放棄し、あるいは大法に反対する側に走りました。
この妨害の根本的な原因は、旧勢力による中華民族の神伝文化への継続的な破壊によって、現代人が誤った認識の中に陥り、法理の内涵を正しく理解できていないことです。当文章は天象文化の最低の視点から、歴史を振り返り、正法修煉の時間との接点を展開していきます。大事件が発生する度、師父が毎回弟子のために時間を延長することによって、天象変化の証拠が残ります。これは未来へ残した証拠に留まらず、さらに今の人間に警告を与えています。
修煉者は惑わしや誤解によってできた干渉を取り除き、天人合一の玄妙さを体験して初めて師父の洪大な慈悲と人を救う辛さを感じられます。私たちは歴史をさかのぼり、人間の真の歴史の素晴らしさを公開し、様々な誘惑から引き起こされたことによって、大法から離れた昔の同修を再び大法に戻らせ、このかつてない歴史の本当の価値を表す時期に、人間が存在する本当の目的を認識させ、このように惑わされている人はこの妨害を乗り越え、精進されるように願います。————本当の素晴らしさは全て大法の中で真に修煉する中で現れます。
当文章は大法修煉の中での個人的な悟りなので、一つの交流として提供いたします。次元の限りがあるので、適当でないところがあれば皆さんから指摘していただき、皆さんが法を師として心を修めることを根本としていただくようお願いします。
本集目次
1. 熒惑(けいこく:火星)が氐宿(ていしゅく)に留まる時、賊臣は反逆を図る
2. 時間よりも天象の現れが基準である
1. 熒惑が氐宿に留まる時、賊臣は反逆を図る
天人合一というのは、中国5千年の歴史によって打ち立てられた伝統文化の精華の一つです。それは道家で語られており、儒家でも語られ、さらに漢方でも語られていますが、ただ表面的なことしか語られていません。天象とは一体何でしょうか? どのように人と合一するのでしょうか? 誰もそれをはっきり説明していません。なぜなら、それは本当の天機だからです。
「歴史」の二文字を聞いて、あまり関係ないと思うかもしれませんが、実のところ今の人間は本当の歴史を理解すれば、人生の重大な選択に役立ちます。つまり、歴史というのは今の現実をはっきり理解するためのものであり、万古の機縁を逃さないようするためのものなのです。
南北朝時代(日本では古墳時代)の歴史から話しましょう。それは南方の劉宋王朝の元嘉30年(西暦453年)、宋文帝・劉義隆(りゅう ぎりゅう)が帝王として歩んだ30年の最後の1年のことです。天文ソフトで計算すれば、その年はめったに見られない大凶の天象(熒惑守氐)だと分かります。
【熒惑が氐宿に留まり、反逆者が現れる】
多くの歴史愛好者は、「熒惑が心宿に留まる」(熒惑守心)という重要な天象を知っているかもしれません。「熒惑が心宿に留まり、天が帝王を処罰する」ということは、古代では帝王の避けられない災難であるということです。しかし「熒惑が氐宿(ていしゅく)に留まる」(熒惑守氐)を聞いたことがある人は多くありません。
氐宿(訳注:てんびん座のあたり)というのは、二十八宿(訳注:天球における天の赤道を、28のエリア(星宿)に分割した星座、繋げられた形は4つの聖獣の姿、東方青龍・北方玄武・西方白虎・南方朱雀に見立てられた)の中の東方青龍七宿の第三宿です。東方七宿の中に、角宿・亢宿・氐宿・房宿・心宿があり、この五宿は東方文化の中で非常に深い意味を持っています。歴史上の重大な事件の大部分は、これらの範囲で展開し、行われてきました。
図:西暦453年の天象図、熒惑(火星)が順行しながら氐宿に留まる(当時、宋文帝劉義隆は太子に殺された)
熒惑(けいこく)というのは、古代中国では火星のことを言います。地球から見れば火星は赤っぽく、蛍のような火が空で順行したり逆行したりしています。その運行方法は中々推測できず、よく人が惑わされ、それによって熒惑(蛍惑)という名前がつけられました。熒惑は天罰の星であり、災難や戦争、死亡を象徴しています。
人間は惑星をいつも「順行—逆行—再び順行」のように運行していると見ています。なぜでしょうか? 火星を例にしましょう。地球から見ると、地球が火星から離れる時、火星が順行しているように見えます。もし地球が火星に近づくとき、地球の運行速度が速いので、火星が後退しているように見えます。例えるなら、速い車に乗って前の遅い車を見ると後退しているように見えるということです。
火星の順行の速度は比較的速く、普通3日間で2度を動します。順行から逆行に変わる時、あるいは逆行から順行に変わる前後、火星の移動速度は非常に遅く、約1カ月で2度移動します。このような遅い速度で移動することを「留まる」と言います。ある宿に留まれば、それを守某星と言います。
上の天象図を見れば、西暦453年3月7日、火星が順行から逆行に変わるところになって、ほぼ動かないように見えます。氐宿の深いところに留まりました。
『漢書・天文志』に「熒惑は氐に入り、氐が天子の宮であり、熒惑が入ると賊臣が現れる」 と記されています。
【天象より警告が現れ、天子はその警告を無視する 】
天体を観測する官吏・太子令(訳注:現在の天体観測所の所長)は、熒惑が走れば走るほど遅くなり、最後に氐宿の中に留まったことを見て不安になりました。9日後、彼は熒惑がやや反対側に移動したことを見て、熒惑が逆行したことを確認しました。これは熒惑守氐という大凶の天象であると結論付けました。これは大変危険なことを示すという警告であり、占ってみると非常に驚き、皇帝に報告しに行きました。
二十四史の中の『南史』の記載によると、彼は宋文帝に「東方に急兵があり、推測できない災難が起きる恐れがあります。太極前殿に万人の兵を与えれば、この災難を取り除くことができます」と報告しました。
当時、文帝は皇太子・劉劭(りゅう しょう)を廃除しようとしており、宰相とどのように秘密裏に廃除するかを相談していました。イライラしている文帝は、太子令の「根拠のない」報告を聞いて激怒し、太子令に下がれと命じました。47歳の宋文帝はすでに30年の帝王の経験を持ち、経験が大変豊富であり、初めてこのような「根拠のない」(東方に急兵あり)という占いを聞きました。東方に急兵あり? 私はなぜこの報告を受け取っていないのか? お前が先に占ったというのか? 東方で誰が反乱を企んでいるというのか? なぜ少しの様子も見えないのか? 本当に急兵があれば東方から一晩で都に着けるのか? 一万人の兵を太極宮の前に置けばこの災難を消せるのか? そんな道理があるものか!
太子令は頭を振りながら下がり、天命なので変わることはないということが分かりました。
その時、皇宮のとなりの東宮太子の屋敷の中で、劉劭が反乱のための兵を動員していました。
劉劭はなぜ反乱するのでしょうか? 彼は文帝の長男であり、弟と魔女で魔術を使い、父が早めに死ぬように呪いをかけました。その後、文帝はこのこと知り、大変怒り、2人の息子を強く責めました。息子たちは泣きながら許してくださいと願いました。文帝は息子なので許しましたが、劉劭は悔い改めずに再び魔女と企んでいました。文帝はそれが分かり劉劭を廃除することを決心しました。宰相を宮廷に入れ、相談していた時、ある妃に情報を漏らしました。劉劭は東宮に兵をすでに隠しており、この情報を知った当日の夜、自分の忠実な部下を直ちに招集し、次の日の明け方に兵を連れて皇宮に入り、文帝を殺しました。その後、宰相や多くの家臣も殺し、宰相らに反乱の罪を着せ、自分が皇帝を救うために来たと言いました。
【正確な予言】
『南史』の記載によると、劉劭は皇帝になって、上記の予言を聞いて嘆きながら「とても危なかった」と話しました。その後、太子令を引見し「私は何年くらい皇帝でいられるか占ってくれ」と言いました。太子令は占い、「約10年です」と答えました。
劉劭は「10年でいい」と答えました。しかし太子令は密かに他の人に「皇帝の命は10年ではない。10旬(訳注:1旬は10日間)しかありません」と言いました。劉劭はこのことを聞いて大変怒り、太子令を殺しました。
劉劭は皇帝の座を奪い取って1カ月足らずで、全国で劉劭に反対する軍があちこちで立ち上がりました。文帝の3番目の子供で江州刺史(しし)武陵王・劉駿が兵を連れて都を攻撃して来ました。劉劭は大衆に見放され、戦争で敗北しました。16日に都を攻め落とされ、劉劭および全ての家族が殺されました。
【天象の検証】
上記の天象図を見ましょう。西暦453年3月7日は、熒惑が氐宿の一番深いところに入っている時期です。このところに止まって逆方向へ向いました。3月16日、熒惑がゆっくり逆行し始めました。——当日、太子令が警告を報告し、劉劭が文帝を殺す準備をしていた最後の日です。3月17日は劉劭が父親を殺して皇帝の座を奪い取った日です。太子令は、劉劭の皇帝になる期間が10旬であると占いました。つまり、91日以上100日以下ということです。第10旬目は6月16日から25日で、6月16日は火星が亢宿(こうしゅく)を離れ、氐宿の門に近づくところです。氐宿は皇宮に対応しており、氐宿の門は皇宮の門に対応しています。——6月16日にちょうど劉劭は三番目の弟・劉駿(劉宋王朝の第4代皇帝・孝武帝)に徹底的に敗北しました。都の門が壊された日です。計算すればその日は、ちょうど劉劭が皇帝になって91日目で、第10旬目の最初の日です。太子令の占いは天象の運行軌跡と完全に一致しており、天人合一の天象文化を現しました。
南北朝時代の皇帝は劉義隆以外にも、北方に北魏帝がいました。なぜ熒惑守氐の天象は、北魏に対応していないのかという質問をする人がいるかもしれません。
実際のところ、東方の天象文化はこのような大切な事、つまり天子に関わる天象は、中国の正統な天子1人に対応しています。別の面から言えば、天象と人間の対応によって、誰が正統な天子であるかを見ることができます。これは天象文化の玄妙なところです。
2. 時間よりも天象の現れが基準である
上記の歴史書籍では詳しく記載されておらず、少し間違っているところもあります。例えば「熒惑順行守氐」を「逆行守氐」と記録しました。私は慧眼通の功能でその時の天象と対応している歴史を調べ、史書と現代の天文ソフトを合わせてその時の事を詳しく展開し、人が理解しやすいようにしました。
天象は人類の発展の則るべき原則であり、人類は必ず天意に従って行わなければなりません。天象は人間に与える影響が最も大きく、人類も無意識に天象に従っています。浅いところで言えば、「歴史上、人類は天象によって時間や暦法を調整しています。今現在の人間も天象に従って自分を調整しなければいけません」
暦法は時間が経つにつれて一定の時期になると改めて修正しなければならず、天の時に対応するべきです。
中国古代の暦法は夏の時代の夏暦、商の時代の殷商暦、周の時代の周暦、秦の時代と漢の時代の秦暦を経て、漢武帝の時期になると、秦暦は誤差が大きすぎるので太初暦に変わりました。太初暦の形式は現在使っているものです。形は大きく変わらず全ての王朝に新しい暦が作られました。例えば唐の最初の時代、隋暦を廃除し『戊寅元暦』(ぼいんげんれき)に変えました。46年後に李淳風の『麟德暦』(りんとくれき)に変え、56年後、僧一行の『大衍暦』(たいえんれき)に変えました。
西洋の暦法も同じです。紀元前45年、ガイウス・ユリウス・カエサルはユリウス暦を実施し、1582年に至るとグレゴリオ暦に改めました。グレゴリオ暦を実施する際、11日減らしてその誤差をなくし、天の時に応じるようにしました。
天の時は太陽、月、星などの相対位置であり、いわゆる天象です。人類は古代から今日までずっと天象に従っています。
【時間は一番公平で正しいが、時間の源は天象であり、天象こそが最も正しい 】
今最も正確な時計は、3000万年経っても誤差は1秒であるセシウム原子時計です。理論上では300億年経っても誤差が1秒の光ポンピング方式があり、誤差の校正は太陽、月、星の相対位置を基準としています。結局最終的な基準は天象なのです。
それによると、天象は最も正確であり、我々はこのように天象の正確さの概念を推理することによって、人が受け入れ易くなります。
【歴史や未来はすべて時間に記録され、時間の源は天象なので歴史や未来もすべて天象に記録されている 】
前の物語によると天人合一は、つまり天象の変化によって人間に変化をもたらします。だからこそ天象によって対応する歴史上の大事件が見えます。実は歴史上の全ての大事件は天象に根源があります。
すべての事件は時間を軸として、古代、未来、全ては時間の軸から展開し、現れていきます。しかし時間の源は天象にあるため、古代や未来も全て天象に記録され、展開され、含まれています。だからこそ天象の運行軌跡は人類の過去、現在と未来を載せています。
【天象をさかのぼり、歴史を公開し、天象の演化に従って未来を予想する 】
現在の天文学はすでに一万年以上先の太陽、月、星の位置を計算できます。ソフトを利用して一万年以上先の天象を、比較的正しく展開することもできます。これは天象の角度から天数の展示や歴史の振り返りに便利な条件を提供してくれました。
慧眼通の功能を利用して天象を見れば、多くの邪魔を隔てて、直接真相を見ることができます。人類の歴史は天象の中に載せられているため、過去の天象を解読すれば、人間の偽りの歴史や伝説、および小説から作られた映像の干渉も取り除くことができ、直接歴史の真実を公開し、未来の天象も推測することができ、未来の大体の進捗も見えます。
(続く)
次集の目次
古今の天象から正法修煉の延長について考える(2)
——滅佛によって招かれた天罰、予言を正確に見定める
1. 熒惑が太微垣に留まり、滅佛の罪を前もって示す
2. 熒惑が房宿に留まり、天が逆王を攻める
3. 予言を打破し、逆に天の網にかかる
4. 予言の日付通りになり、玄妙な天道が現れる