文╱中国の大法弟子
【明慧日本2017年3月29日】しばらく前に、同修のAさんが警察に連行され、残虐な拷問を受けました。それに耐えられなかったAさんが私のことを自白してしまったため、警察は私を連行しようとしましたが、師父のご加護の下、警察が私を連行する計画は失敗に終わりました。
修煉者として、問題が起きたら内に向けて探さなければなりません。時間を切り詰めて法を学び、発正念をし、自分を深く探しました。自分には、まだまだ多くの執着心、例えば嫉妬心、顕示心、色欲の心、恐れる心、自分を実証したい心、人に言われたくない心、弱点を隠したい心、利益を求める心、親族に対する情などの人心を取り除いていないことが分かっています。私はよく、「同修にある人心は私にもあり、同修にはない人心も私にある」と言っており、修煉の中で、それらを次第に認識し取り除くようにして来ました。
しかし、Aさんとの問題はいったいなぜ起きたのでしょうか。Aさんとの10年間の付き合いを振り返って見ると、私達は互いに助け合い、協力し、とても良い関係を築きました。数年前、不法に連行されそうになった時、家に閉じこめられた私は上の階から飛び降りて脱出し、足の筋を痛めました。路上生活を余儀なくされた時、Aさんの家に1カ月以上泊まらせてもらいました。ご夫婦は私のことをとても良くしてくれて、本当にお世話になりました。その後、いくらかの物質的なお返しをしましたが、Aさん夫婦からいただいた無私の援助にはとても及びませんでした。私は助けられた情を片時も忘れず、いつも感謝の気持ちを抱いていました。その後、Aさんの妻が警察に連行され、不法に拘禁された時、当然ながら、私は道義上でもしっかりと救助に力を尽くしました。
しかし、やはり同修との情を重く見すぎたのではないでしょうか。
みんなはAさんの家族(同修)と交流し、この機会を利用して連行に加担した真相を知らない警官と衆生にもっと真相を話し、同時にAさんを救出しようと話しました。最初の頃、Aさんの家族はとても困っていた様子でしたが、しかし、交流することによって、家族も正念を持つようになり、同修達の協力の下、彼らは何度も、拘置所、公安局、洗脳班などに行って真相を話し釈放を求めました。周りの同修たちもそれぞれ真相シールを貼り、法輪功の資料を配り、電話をかけ、「法輪功迫害の参与者を調査する」国際組織にも提訴し、調査してもらい、全体的に協力するようにしました。
Aさんが連行されて2カ月後、国保の警察から明後日保釈するとの電話がありました。時間になって、迎えに行くと、警察は「一部のことはまだ処理が終わっていない、釈放はできない」と話を変えました。家族がいくら求めてもだめでした。
Aさんが帰って来るはずの翌日、警察はまた我が家に来て、私を包囲して再び連行しようとしました。この突如やって来た状況に直面して、私の心の中は少し緊張しました。しかし、すぐに落ち着きました。私は師父のことを思い出し、そして「旧勢力の手配は要りません。師父が按排された道しか歩みません」との強い正念を発しました。正念が出た瞬間、状況が一変しました。彼らはなんと私を連行しようとする計画を諦めました。まったく起こり得ないような状況の中で、彼らは気が変わり、私は危険から脱しました。
師父は「もし困難の前で、念が非常に正しければ、邪悪の迫害や妨害を前にするとき、あなたが言った、正念の強い一言は邪悪を直ちに解体することができ、(拍手) 邪悪に利用された人がすぐに逃げてしまい、邪悪のあなたに対する迫害はすぐ消え、邪悪のあなたに対する妨害を即刻になくすことができます。」[1]と説かれました。再び師父に感謝致します。
師父は再び私の魔難を解消して下さいました。いかし、本当の問題はやはりまだ見つかりません。同修との交流によって、私はさらに自分を探しました。同修は「名誉を求める心があるのではないか」と指摘しました。偶然のことはありません。師父は同修の口を借りて私に気付かせて下さったのかもしれません。問題はようやく見つかりました。Aさんに対する情が重いため、情に駆り立てられ、一度、私はある真相を伝えるプロジェクトの中で、自分の職務を利用し、Aさんに一部のお金を節約させました(詳しい事は省略)。私は大法のプロジェクトを利用して、自分を実証し、自分の名誉と同修との情を守ったのです。この間違いは小さいことでしょうか。重く言えば、それは犯罪ではないでしょうか!
2日後、Aさんは家に帰ってきました。
教訓は痛ましいものです。すべて自分が着実に修めず、何事も法に照らさず、そして、自分がしっかり法を学んでいないからです。問題が起きてからはじめて自分を探しましたが、同修にこれだけの魔難をもたらし、師父に申し訳ないだけでなく、同修にも申し訳ない事をしてしまいました。これから必ずしっかり法を学び、着実に自分を修めたいと思いました。
師父に感謝します。同修に感謝します。
注:
[1] 李洪志師父の著作:『各地での説法七』「米国西部国際法会での説法」