【明慧日本2019年10月21日】(湖南省=明慧記者)湖南省常徳市桃源県の法輪功学習者・彭伯祥さんは、中国共産党によって様々な苦しみにさいなまれ、二度も労働教養を強いられた。その後、2008年の北京オリンピックの前に再度連行されて、懲役13年の実刑判決を宣告された。そして湖南津市刑務所で、危篤状態に陥った。そのため一時出所できたが、彭さんは1カ月も経っていない、2019年8月に無念な思いを晴らせないまま死亡した。享年63歳だった。
彭さんは桃源県農業銀行の元金融課長である。1999年7.20から、中国共産党が法輪功を迫害し始めた後、彭さんは2000年10月16日に労働教養1年、2003年1月9日に労働教養3年を強いられた。そして、長沙新開舗労働教養所では苦しめられて、非人道的なひどい迫害を受けた。それでも彭さんは法輪功を放棄しなかったため、辞職させられた。
2008年の北京オリンピックの前に、桃源県の610弁公室、国内安全保衛部門(法輪功迫害の実行機関)、公安局、検察庁、裁判所は同年7月14日、桃源県の法輪功学習者を60人近く連行した。連行された学習者の中には数十人が労働教養を強いられ、13人が実刑判決を言い渡された。彭さんもその時に連行され、手錠と足かせをはめられて独房に閉じ込められた。
2009年9月4日、彭さんは懲役13年の実刑判決を言い渡された。他にも、法輪功学習者の何麗佳さん、剪志剛さん、方杏枝さんは懲役7年、厖常敏さんは懲役6年、周慶輝さんは懲役5年をそれぞれ言い渡された。
その後、湖南津市刑務所で11年間拘禁された彭さんは、残忍な迫害により危篤状態に陥った。刑務所側は責任を逃れるために、彭さんを仮保釈して帰宅させたが、他の学習者と接触しないように厳重に監視し続けた。2019年8月、一時出所して1カ月も経たないうちに、彭さんは冤罪が晴れないまま死亡した。
その他にも、桃源県の法輪功学習者・文恵英さんは、元桃源県水上運輸会社の財務課長であったが、法輪功を学んだという理由だけで、2回も労働教養を科され、白馬壠労働教養所で迫害されて危篤状態になった。また2007年、文恵英さんは受けた迫害事実に基づき、株洲市高等裁判所に白馬壠労働教養所の犯罪行為を正式に訴えた。その後、1カ月も経たないうちに、文恵英さんは警官らにより自宅から連行され、懲役3年の実刑判決を宣告されて、湖南省の女子刑務所でひどく苦しめられた。2010年2月12日、残酷な迫害を受け続けて、虫の息となった文恵英さんは自宅に戻されたが、2日間後(陰暦の大晦日の翌日)に死亡した。