文/中国の大法弟子
【明慧日本2020年9月6日】今朝もリビングに置いたアラームが鳴っても聞こえず、行くつもりだった煉功にも行けませんでした。外が明るくなる前に目が覚めて、ぼんやりと時計を見ると5時過ぎだったのを覚えています。私の主意識が弱すぎて起きれないのです。起きるべきだという微かな意識があるのですが、やっぱり横になる方が気持ちが良いし、朝6時の発正念にも起きれませんでした。このようにうとうとと寝ていると、突然「気をつけてください、私はあなたにこんなにも大きな法を教えたのに・・・」という二つの言葉が頭に浮かびました。
ぼんやりしていた状態からはっきりと目覚め、ベッドから起き上がりました。心の中にこの二つの言葉が何度も繰り返され、そして考えていました。これは師父が自分の心に注ぎ込んで下さったのだとふと気がつきました。この広い宇宙の中で、師父だけが大法を説いておられます。私は師父に対して畏敬の念を抱いており、急にこの二つの言葉の重さを感じました。自分のこの状態は極めて危険なのだとわかり、師父が私を棒喝してくださったのだと分かりました。
漠然とした記憶でしたが、師父が私を悟らせてくださる前に一つの夢を見ました。やっと思い出したのは、夢の中で、私は友達と池みたいなところで遊んでいる光景でした。私は池の中をのんびりと気持ちよさそうに漂っていました。岸辺では2人の男性がその様子を見ていましたが、私が振り返ってみると2人はすでに立ち去っていました。それは旧勢力なのだということに私は気付きました。夢はちょうど「自分は今、常人の中に迷い、安易さや惰性にコントロールされている状態なのだ」と自分を悟らせてくれたのです。そのように迷い込んだ自分を旧勢力はじっと監視していたのでした。
師父は私のこのきわめて危ない状況を御覧になり、心配されてこの形で私を目覚めさせて下さいました。師父の慈悲なるご配慮に対し大変恥ずかしく思っています。今まで修煉してきて、煉功の問題ですら師父にご心配をおかけしてしまったのです。
今の自分の修煉状態を考えると、今日に限らず、長い間煉功するときにずっとこの状態でした。少し継続しては緩め、またもう少し精進したら、また緩めました。なかなかそれを継続できませんでした。いったん寝ると朝、明るくなるまで寝ます。夜中12時の発正念、朝の煉功、朝6時の発正念の時間にも寝ていることがよくありました。
気をつけてくださいと師父は悟らせてくださいました。何について気をつけなければいけないのでしょうか? このままでは、旧勢力に隙に乗じられ迫害されるのです。そして衆生を救い済度するという歴史的な誓約を果たせず大法に救い済度される機縁をも失なうのです。「師父がこんなにも素晴らしい法を教えてくださったのに、どうして大切にしないのですか? 師父がこの宇宙の大法を教えてくださったのに、どうして修煉者としての基本的な煉功がうまく出来ないのですか? このような私を煉功者と言えますか。こんなにも大きな法を得る事が出来たのに、取り除く事ができない観念や執着心は何なのですか? 他に何を恐れるのですか。旧勢力に何ができるのでしょうか」と自分自身に問いかけました。
2019年11月10日、明慧日本に掲載された「毎日の朝の煉功は一日の精進の始まりである」という文章を読み、私は恥ずかしくてたまりませんでした。同修と私を比べたら、その差は十万八千里どころではありません。同修は文章の中で「怠けること、安易な心は魔性です。それを助長してはならず、必ず取り除かなければなりません。その後、再び怠ける心と安易な心が現れたら、自分に「そのような心は要りません。絶対にノーと言わなければなりません。少しの生存空間も与えてはいけません」と述べています。そして朝のアラームが鳴った時、二度とそれらに機会を与えることなく、直ちに起きました」と書かれていました。
法の中で自分を正し、惰性を取り除く決心をしました。一刻も失ってはいけません。