文/中国の大法弟子
【明慧日本2020年10月23日】先日のいわゆる「ゼロ作戦」では、多くの修煉者が嫌がらせを受け、それに直面して恐怖心を抱くようになった人もいましたが、それを別の角度から分析してみたいと思います。
諺にもあるように「やましいことがなければ 夜中幽霊がドアをノックしても怖くない」のです。なぜ恐怖心が生じてくるのですか? この心の背景にあるのは、自分たちが行なったことに対する正念が足りず、罰せられるべき違法行為のように感じていること、それが法輪功迫害の実態を伝えることであれ、横断幕を掲げることであれ、何であれ、憲法に定められた信仰の自由や言論の自由に則ったものであり、法律を破って嫌がらせをしているのは、大法弟子のところに来て嫌がらせをしている人達であるということです。また、過去に迫害を受けた修煉者がいて、迫害がもたらした影が消えず、法を犯していないことはわかっているが、嫌がらせをしてきた人たちは政府を代表している人達だから、自分は弱すぎると感じています。
これらは表面的な現象ばかりで、もっと深く掘り下げてみると、実は師父や大法を信じることが足りないからです、自分がどこまで師父と大法を信じているかで、自分はどこまでも強くなります。師父と大法を信じている度合いが小さければ、弱くなり、逆に信じる度合いが大きければ強くなるのです、それは精神と物質は同一のものだからです。
修煉者が書いた文章の中に、嫌がらせを受けている人は、長い間、ある分野で修煉が良くできていない恐怖心があったため、旧勢力がこれを口実にして、いわゆる「試練」をするのです、確かにその通りだと思います。いわゆる「鬼や幽霊を恐れていると、鬼や幽霊がやってくる」ということも、理由があります。私たちは、宇宙のすべてを創造した大法と同化した存在であり、修め遂げた部分は非常に強く、将来、私達は正々堂々と神になるべき存在なのです。神は幽霊や鬼を恐れるのですか?
修煉は複雑であり、我々は修煉過程の修煉者であり、圓満成就する前に、心の恐怖の程度が異なることは驚くべきことではありませんが、より多く法を学び、大法に同化することによって、本当の神通力を持つことができます、幽霊などは何ものでしょうか?
もちろん、怖がらないことと身の安全に心がけることは矛盾しておらず、孫悟空は化け物を怖がることはなかったのですが、彼はいつも安全に心がけることはできました、私たちも同じです。