文/河北省の大法弟子
【明慧日本2021年1月21日】1999年、私は北京に法を実証しに行き、天安門派出所の裏側に一時的に監禁されました。当時、何人かの警官が来て私たちと雑談して、その中の1人が私たちをからかい始め、「お前たちは反党反政府だ」、「社会を妨害している」等と言われました。私はそのとき警官に一つの問題を質問しました。「私たちは皆法輪功を修煉しており、真・善・忍を信じています。あなたは真・善・忍が良くないと言いますが、偽、悪、闘が良いとでも言うのですか?」。彼は何も言えず、面白くなさそうに立ち去りました。
その日、私は不当に北京西城区の刑務所に移されて監禁されました。そこは邪悪の巣窟でした。その時、刑務所の監視室には「番長」と呼ばれる地元の北京の20代の看守がいて、私を殴ろうとしました。私は別に怖く思わず、逆に彼に対して憐みの心が生まれて、彼に「実際私はこんな所に来て、こんな場所にいて、あなたに殴られても、私にはどうすることも出来ません。私はやりかえしたりしません。しかしあなたに教えます。実際もしあなたが本当に私を殴った場合、あなたに対して良くなく、本当にあなたに対して良くないのです」と言いました。私がこのように彼に教えるとは思っていなかったようで、彼は唖然としていました。刑務所内が静まり返り、ほとんどの人が私たちの方を向いて、刑務所の看守が私にどう応対するのか、緊張しながら見ていました。看守が私を何度か見て、私に対して「あそこに座って」と言いました。おそらく彼は引っ込みがつかないようで、「ただの冗談だろう、なにを本気にしているんだ!」と言ったものの、彼はその後すぐ室内の1人のレイプ犯を殴りまくりました。
ある1人の看守が突然私を非難し、下品なことを言いました。そのとき私は彼に厳かに告げました。「そのようにしなくていいです。必要はありません。実際どういうことかまだ分かっていないのですか? そうですか?!」。彼はその時茫然として「あなたは何をしている人ですか、同業者ですか?」と言いました。私は微笑んで答えませんでした。彼は面白くなさそうに立ち去りました。
私が居場所を失い放浪していた期間、不当に連行され、それから邪悪の洗脳班に監禁されました。最初、洗脳班のリーダーたちは、私の部屋に話をしにきて、私の名前を呼んで「某某、あなたには何の打算があるのか? 何の考えがあるのか?」と言いました。私はゆっくりと小さい声で「あなたは誰ですか?」というと、彼は回答せず、私は続けて「こんな場所に来てまだ考えがありますか」と言いました。その時私は椅子に座って目を閉じていて、彼らを見ておらず、彼らは私が目を開けて彼らを見ていないのを見て、面白くなさそうに、話をしないまま去っていき、去りながら「このような人は、何も無くなり、多くの苦をなめて、かなり深く入門していて、かなり頑固で、転向は出来ない」と言っていました。
彼らは何日か私を観察し、洗脳班の責任者である「転向」をさせる警官が、私の所に話をしに来ました。1~2時間話をして、それから彼は私にききました。「あなた達修煉者は皆、自分の言い分がありますが、私はあなたに一つの質問をします。あなたはどのようにして圓満出来ると思いますか?」。修煉者がどのようにして圓満出来るか、私は私の理解を言い、例を挙げて話しました。「例えば我々がここからスタートして、最終のゴールが北京の天安門だとして、決められた時間までに北京の天安門広場まで行けたら良しとします。また、例えば山に登っていて、最終目標が山頂で、山のふもとから登って決められた時間までに山頂まで行けたら良いです。もし北京の半分まで行って自分がもっといい所を見つけたり、山に登っている途中で自分がもっといい場所を見つけたりしてやめたなら、それなら途中で投げ出したということでしょう。このように簡単です」。彼は笑いながら「そんなに簡単なの?」と言いました。私は「私はこのように認識しています。こんなに簡単です」と言いました。
それから邪悪を手伝って法輪大法の弟子を迫害する「ユダ」たちは、私を変えられないと見ました。それで私に大法の本を持って来て、数日法を学ばせ、彼女らの言い方で言うと、私と法理で交流を進め、どんな高い次元の法理を悟ったのかを話す等です。私が彼女らの手口に引っかからなかったので、彼女らの思惑通りにいきませんでした。私は彼女たちに教えました。「やり始めたからにはやり遂げなければなりません。修煉はまるで山に登るのと同じで、山頂に行けてからやっと圓満でき、他の近道はありません」。彼女らは私を納得させられないと見て、酷く罵って、「こんなに長年法を学んでいるのに、あなたは何も知らない、法理を分かっていない。あなたの学びは無駄になっていますよ。それどころか幼稚園児にも及ばない」と嘲笑しました。「小さなお友達、行きましょう、我々は山に登ろう、山頂まで行ったら円満だよ」、「我々は北京に行こうよ。天安門まで行ったら円満だよだって、ふふっ!」
これらのユダたちはすでに私の所には来なくなり、その後また一人のユダが外地から洗脳班に帰ってきて、彼女たちはまた私に迫害を開始しました。覚えているのは、ある晩の8時頃、彼女たちは私を一つの部屋に呼び、室内はただ一つの薄暗い明かりがあるだけで、記憶はその時おそらく食品を置いていたかも知れず、薄暗くて気味が悪いのを感じました。彼女たちはだいたい7~8人いて、私を囲んで強制的に屈服させようとしました。私が出たいと言っても出してくれず、夜中になりました。夜中に彼女たちは私の名前を突然狂ったように叫び出して、「早く分かりなさい」などと言いました。私は天目が閉じられて修煉しているので、他の空間の光景が見えませんが、薄気味悪い恐怖を感じ、他の空間の邪悪が虎視眈眈と迫害に参与している一つの恐怖の場面が目の前に出現しました。そのとき私は本当に衝撃をうけました。しかしすぐに心を落ち着かせて、微笑んでユダたちに「なぜ小道の物を持って来たんですか、可笑しい! この小道の物は何の役に立つのですか、意味がありません!」と言いました。彼女たちは「あなたが分かるようになるためなら、どんな物でも使うよ。私たちはあなたのために、どんな方法も使う、どうしてあなたはまだ分からないの!」と言い、私は笑って「あなたたちは更に高い法理を悟ったんじゃないんですか? 更に高い次元まで修めたんじゃないのですか? なぜ逆にそれらの小道を持って、邪道の物を持って来たの、可笑しくありませんか? そしたらこうしましょう、今日はここまでにしましょうか、私は帰って休みますね」というと、彼女たちは茫然としてそこにいて、皆反応がなかったので私は立ち去りました。私がこの邪悪の巣窟から離れるまで、彼女たちは再度私の部屋へ来ることはありませんでした。この巣窟から離れる時、正門を出る瞬間、一つの山のような圧力が私の身体から取れたと感じました。
邪党が大法弟子の家に行って嫌がらせをすることに直面した時、同修たちは異なる悟りがあります。ある人は邪悪に協力せず絶対に門を開けない、ある人は家に来た警官及び地域の職員に真相を伝える、それぞれの認識があり、穏やかな心をもって、正念で対処し、どのように行っても良いと思います。しかし恐怖心を抱えていればどのような行い方でも漏れがあり、損失を受けることになります。自分もすでに教訓と経験をしました。
ある日、悪徳警官が家に来て嫌がらせをする時、家族の同修がドアを開けて、警官だと分かって、恐れる心が出たため、穏やかな心で真相を伝えることが出来ず、突然ドアを閉めてドアを開けず、その結果邪悪はドアを破壊して入って来て、大きな損失を被り、多くの大法の書籍が邪悪に奪われてしまいました。
また別の時、そのとき家に2人の親戚が来ていて、(1人は同修、もう1人は常人)派出所の警官が何人かの警官を連れて地域にきて嫌がらせしているのを知り、2人の親戚は出ていきました。警官が来てドアをノックしたとき、私たちはドアを開けず、ただ静かに室内で発正念をしました。このとき出て行った常人の親戚は何の原因か分かりませんが、戻って来て門の外で叫んでいました。私は出ようと思いましたが、しかし身内の同修たちは同意せず、親戚の同修が出て行き、ドアを閉めました。そして外にいる警官たちに真相を伝えていましたが、しかし言い争いが起こり、そのとき私は何の恐れもなく、また恨み憎しみも頭になく、ただこの警官を本当に可哀想に感じました。自分が犯罪をしているとは思ってもいないのでしょう。心を落ち着かせ、穏やかにし、外に出て、彼らに家へ入らせず、階下に降りるように勧めて、彼らに真相を伝え、数分話した後、彼らは帰って行きました。
私は体得しました。邪悪を前にして、危険に直面した時、恐怖心を抱かず、常人の怨恨や闘争心を出現させず、自分の心を穏やかに出来れば、自分の良く修煉した部分が出てきて作用します。なぜなら修煉者が修めて出たのは善で、巨大なエネルギーがあり、周囲の環境を制約でき、一切の危険な状況が溶解するからです。