文/中国の大法弟子
【明慧日本2021年3月30日】幼稚園の時から、私は両親と一緒に法輪大法を修煉し始めました。ある日、両親と公園を散歩しているとき、煉功しているグループを見かけ、その和やかな雰囲気に惹かれた私たち一家は、こうして大法に出会い修煉し始めたのです。
当時、私は毎晩両親と一緒に自宅近くの煉功拠点に行き、グループ学法と煉功に参加していました。また、市内の子供弟子の学法グループや、省内で開かれた法会にも参加したことがあります。その時、私たち子供弟子もお互いに比して学び比して修め、一緒に法を暗記していました。当時の私は『論語』、『悟』、『真修』などの師父の経文の暗唱ができていました。皆はともに大法の素晴らしさを感じました。
煉功拠点には、胃がんと診断された後、大法を修煉して健康になったおばさんがいます。一時、私は臭い匂いの黒いゼリー状の固形物を大量に吐いて、一週間ほど食べたものを全部吐き出していましたが、元気に過ごしていました。これは師父が私の体の浄化して下さっていると思いました。このような良い修煉環境のおかげて、私は学法と煉功の基礎を築くことができました。
一、師と法を堅く信じる
1999年7月20日、雰囲気が急変しました。その夜の「新聞聯播」では、邪悪な中共は私のような子供でも嘘だと分かるような、荒唐無稽な「ニュース」を放送しました。当時、修煉を諦めようとしない両親は給料を止められて、不法に拘禁されました。
周りの修煉者のほとんどは、法を実証するために北京に行ったことがあります。天安門広場で「法輪大法は素晴らしい!」と叫んで無事に帰ってきた同修もいれば、それほどひどく迫害されておらず、不法に拘禁された同修たちを助けている同修もいて、会社の上司に窓のない暗い部屋(外から鍵がかかっている)に長時間閉じ込められた同修もいれば、地元の警察署で迫害されて死亡した同修もいました。
両親がいない間、私は主に祖母(同修)とあるおばさんに面倒を見てもらって通学し生活していました。当時はあまり多く考えていませんでした。後になって気付いたのですが、それは師父によるお見守りのおかげでした。その時の私は、心の中で師父と大法を堅く信じていました。
二、大法を修めることで得た幸運
法が正されていくにつれて、両親や周りの同修たちは法に則って法を認識し、正念を持って邪悪を排除するようになり、私の周囲の環境もどんどん良くなり、真相を理解できる人もますます多くなりました。両親は職場に復帰し、給料の支給も再開されました。師父に知恵を開かせて頂いた私は、成績が格段に良くなりました。
大学卒業後、私は試験を受けて公的機関に就職しました。当時の試験の競争率が非常に高くて、ラッキーなことに、最下位である私は補欠で受かりました。せめて2~3年はかかるだろうと皆が思っていたところ、私の採用は周囲の人々を驚かせました。私自身も意外でした。同修たちは、これは大法を修煉することによる幸運だと言っていました。
三、彷徨って進まず
師父が按排して下さった修煉の道を大切にし、仕事の合間にある大量の時間を使って三つのことをしっかり行うべきでしたが、私は自分をしっかり制御できず、彷徨って進まない状況に陥ってしまいました。法を学ぶときもありましたが、学法を忘れてしまい、母親に念を押されてはじめて学法するときもよくあり、煉功はほとんどしませんでした。発正念や真相を伝えることもよくできていませんでした。
つらい学生時代から抜け出て、やっと楽しく自由に過ごせるようになったと思うこともありました。自己満足やわがまま、焦燥感、顕示心、嫉妬心、闘争心、色欲など、さまざまな心が膨れ上がってきました。心の中では自分が大法弟子だと思いつつ、着実に修煉していなかったため、大きく躓いてしまいました。
社会人になってまもなく、私は「理想」の男性を見つけて結婚しました。しかし、結婚して1週間も経たないうちに、私の幸せの幻想は打ち砕かれてしまいました。夫はとても気性が激しい人で、理由もなくキレてしまい、ひどく罵るだけでなく、私を殴ったりもしました。両親と私が法輪功を修煉していることを思い出す度に、彼は私を殴り、物を投げつけていました。
四、難関が大きくなっていく
結婚前、私は何度も夫に大法の真実を話しましたが、彼は聞き入れるどころか、反対さえしていました。そこで私は、「彼は仕事で忙しくて、私が家で学法や煉功を行っても、彼に知られることはないだろう。何かあれば、実家に帰って生活することもできる。それに、彼はよその地域の出身なので、彼の家族は私のことに口出しできない」と思いました。これは修煉を厳粛に思っていない表れです。長い間、法をきちんと学ぶこともできず、法に則って自分の修煉を認識することもできなかった末、私は彼に真相を伝えることをやめました。彼も何もなかったかのように振舞いました。これは私の大きな漏れでした。
出産後、夫の実家の経済状況が悪く、義母が他界して子供の世話をしてくれる人もいなかったため、夫は私への深い怨みが芽生え、毎日のように口論していました。また、会社の昇進評定が重なり、私には強い闘争心と嫉妬心も生まれました。
その間、仕事や育児で大変忙しくて自分の時間がなく、心を静めて学法することができませんでした。毎日寝る前に30分でも説法を聞こうと思ったのですが、毎回寝てしまいました。
この正しくない状態が2年以上続きました。その間、身体も壊れてしまい、毎日首や腰の痛みに悩まされて、目も痛くて視界がぼやけていました。ある日、またも説法を聞いている最中に寝てしまった後、心臓も痛くなり、何度か熱を出したこともありました。当時の私は悟性が悪くて、常に名声や利益、情に囚われていました。
五、精進して着実に修める
当時の私は一日中忙しくて、「いつになったら心を静めて学法できるだろうか?」と思っていました。時には孤独と無力感さえ感じました。家族の理解が得られず、社内の複雑な環境や同修間のトラブル、さらにパソコンやテレビ、携帯電話の誘惑も加わり、私は自分がすでに落ちてしまったと感じました。
私がよく修煉していなかったにもかかわらず、慈悲で偉大なる師父は私を見放されませんでした。中共ウイルス(武漢肺炎)が流行していた時、夫は会社で仕事をしていて、長い間家に帰れませんでした。私は母(同修)と一緒に暮らし、毎日学法と煉功を行い、徐々に多くの執着心を放下しました。
はっきり覚えているのは、一度、『轉法輪』を6ページほど読んでいた時、突然、頸椎と腰が痛くなくなって、師父が私のこれらの業カを一気に取り除いてくださいました。まさに師父が説法でおっしゃっている通りでした。「心性が高まってくると、身体にも大きな変化が起こります。心性が高まってくると、身体を構成している物質も間違いなく変化が起こります」 [1]
その頃から私は毎日煉功し、今日まで続けています。ある日、第二式の功法を煉っていた時、何かの暖かいものが体内に上から下へと流れていき、心臓を通った後、私の心臓の痛みも消えました。今の私は日々、第二式と第五式の功法をそれぞれ1時間ほど気持ちよく煉っています。
中共ウイルス(武漢肺炎)の流行期に、私は『轉法輪』と師父の他の説法をすべて読み通しました。ときどき読みながら無意識的に涙を流していました。師父がずっと私を見守って下さっているのに、私は名・利・情に溺れて悟らず、本当に師父と顔を合わせるのが恥ずかしいと思います! 私の命は、常人社会で名声や富を競うためにあるのではなく、より多くの衆生を救い、自分の誓約を果たすためにあるのだと気付きました。
師父はこのようにおっしゃっています。「師父が最も心配しているのは、現在、一部の人が精進しなくなっていることです。迫害当初、皆やる気満々で、この情勢を全部変えました。環境が緩和されるにつれ、かえって緩んでしまいました。修煉に関してある言葉があります。以前に皆さんに話したこともあります。つまり『修煉は初志貫徹すれば、必ず成就する』という言葉です。(熱烈な拍手)多くの人の修煉が成就しなかったのは時間が長引く中で乗り越えられなかったからです」 [2]
さらに、師父はこのようにおっしゃっています。「一つの生命が歴史の昔から今日まで歩んで来たのは何のためでしょうか? ほかでもなくこの一瞬のためです。歴史の大河の中で、この時間は一瞬なのです。消極にならないで、自らを奮い立たせてください。あなたは修煉者です。衆生はあなたに救われ済度されるのを待っています!」 [2]
師父の説法を学び、明慧ネットに掲載されている同修たちの交流文章、特に私と同じ境遇にいる同修たちの精進ぶりが綴られている修煉体験を読んだ後、私は恥ずかしく思いました。以前の私は三つのことをしっかり行っておらず、大量の時間を名声と利益への追求、携帯電話での遊び、ドラマを見ることに費やしていました。今後、必ず精進していきますと、心の中で決心しました。
会社から戻ってきた夫は、私の大きな変化に気づきました。私は夫に文句を言わなくなり、能動的に家事を行い、子育てに細心の注意を払い、義父にお金を渡し彼のために考えるようになりました。たまに夫に叱られると、「これは私の心性の向上を手伝っているのだ!」と思い、以前のような反論はしなくなりました。また、彼が正しく大法のことを理解してほしいとも思っています。「変わったきっかけは何なの?」と聞かれた際、私は大法を学んだおかげだと答えました。最初、彼は聞いても信じようとしなかったのですが、時間が経つにつれて、彼も私の実際の言動を見ていくうちに態度が和らいできました。
今、私は毎日1時間以上法を学び、煉功と発正念も欠かさずに行っています。また、私も他の同修のように、昼休みを利用して法を学ぶようにしていますが、その不思議な良さを実感しました。居眠りしなくなっただけでなく、常に元気いっぱいになりました! 以前行っていた法の書き写しも再び始めて、書けば書くほど書きたくなりました。大法は私に知恵も与えて下さいました。ある日、夫に「××党からお金をもらっているのに、まだ煉功するのか?」と言われて、私は「煉功している警官はもっと多いのよ!」と答えました。彼は空気が一気に抜かれた風船のようにベンチに座り、言葉を失いました。
私は普段、真相資料の配布もしています。前回、夫の実家に帰省した際、彼の態度の関係で、私は彼の親戚たちに真相を伝えませんでした。今回、私はまず発正念を行い、夫がそばにいない時間を利用して、彼の親戚数人に真相を伝え、三退も行ってあげました。思ってもみなかったのですが、彼らは大法に対して非常によい態度を示しました。考えてみれば、以前の私はやはり自分の恐怖心と怨む気持ちに阻まれていて、もっと早く彼らに真相を伝えておけばよかったと思いました。
学法を続けていくうちに社内の環境が改善され、同僚関係もよくなり、学法グループの年配の同修たちも向上してきました。同修たちと交流する際、私は皆の修煉状態が以前よりずっと良くなっていると実感しました。私たちはともに精進して行こうとお互いを励まし合っています!
以上は私の最近の修煉体験ですが、法に符合しない部分があれば、同修の慈悲なるご指摘をお願いします。
注:
[1] 李洪志師父の著作:『轉法輪』
[2] 李洪志師父の経文:『世界法輪大法デーの説法』