【明慧日本2021年8月6日】(特別寄稿)最近、中国本土の各地から新型コロナウイルス感染急増のニュースが流れてきている。多くの会社で全社員のワクチン接種が義務化され、接種なしでは就業できないという。例えば福建省に本社を置く「三福百貨店」では、ショップスタッフ全員にワクチンを接種させたうえで出勤させている。どうしても接種したくないスタッフには「私用による休暇扱いで自宅待機とし、連絡を待つように」としているそうだ。この類のことはすでに多く見られ、特に中国本土ではますます増えるものと推定されている。事実、中国国外でも「ワクチン接種義務化」の動きが始まっている。
全国民、ひいては全人類がワクチンを接種しなければならないとは、伝統的理念からすれば何とも不思議なことである。自分の健康や公衆衛生を守ることは正しいが、人々が遭遇するそれぞれの課題の解決には、さまざまな方法や手段がある。ある特定の方式や手段だけに頼ってはならない。人にはそれぞれの体質があり、業力も異なる。また、ワクチンが開発されてからまだ日が浅く、ワクチン接種に感染拡大を抑止する効果があるのかどうかも明らかになっていない。従って、国や企業、地域で集中的にコントロールし、強制的な全国民へのワクチン接種の義務付けは、社会主義者や共産主義者が夢見ていたものの実現できなかった「人類運命共同体」、つまり全人類の支配をこれを機に実現しようとしているとしか思えない。
ワクチンそのものにしても、中国におけるワクチンの開発プロセスや安全性については強く懸念されるところである。国際的に接種されているワクチンにしても、その安全性や有効性を保証するには未だ歴史が浅く、より長期間にわたる観察や事実とデータの分析、商用や政治目的ではない合理的な研究が必要である。政治家やハイテク界の大物、娯楽業界の有名人たちから成る極左利益団体は、少し前まで「外出禁止あるいは夜間外出禁止、ソーシャルディスタンス」を用いて人々の社会生活をコントロールしていたが、今や経済活性化と政治的利益の維持などを目的として、「ワクチン接種義務化」という手段に切り替えて引き続きコントロールしようとしている。今日、人類が生存している環境は、宇宙の成住壊滅の過程の中で、すでにこの状況に至ってしまったのだ……
ワクチン接種に選択の自由があるか? 通常の社会なら選択する権利があるはずだ。つまり、信仰の自由などの基本的人権を享有できる社会では、宗教団体は自分たちの「宗教的信念」を理由に、自分たちの道徳的信念に反する行為を拒否することができる。アメリカの例を挙げれば、周知のようにユダヤ人は自分たちの宗教的信念を持っており、今回のワクチンを接種しないと選択している。また、キリスト教を信仰し、今でも馬車を交通手段として伝統的な生活様式を保持しているアーミッシュなどの人々も、ワクチンを接種しないと選択していると言われている。その際、社会と足並みを揃えていくために必要な具体的な対応については、筆者にもまだ分からない。中国大陸のような場所で何世代にもわたって中国共産党に洗脳され、基本的人権とは何かも分からなくなってしまった人々が、ワクチン接種においてどのような行動を取り、どのような結果になるかは想定し難い。ここ1世紀に限って見ても、多くの薬物、特に西洋の薬物の多くは10年、ないし20年、30年が経ってから初めてその副作用が公に証明され、服用者に取り返しのつかない悪影響を与えている。
中国本土でも他の国でも、実際に真に修めている大法弟子、つまり、師父の要求および大法の要求に従い着実に心性を修め、法を正す師を手伝い衆生を救う使命をきちんと果たしている大法弟子であれば、たとえどんな状況下でワクチンを接種したとしても、ワクチンに含まれる毒素や他の疑わしい要素の影響を受けることがなく、健康や生命の安全が損なわれることはないと考えられる。なぜなら、全能の大法がきっと、真に修める弟子を守って下さるからだ。しかし、真に修めておらず、修煉しているようで実はしていない者、うわべだけの者、さらにはなりすましている者などであれば、それはまた別の話だ。 修煉は厳粛である。
以上は、大法弟子の観点による観察と思考であり、同修たちのご参考になれば嬉しい。法を師としよう。