文/遼寧省の大法弟子
【明慧日本2021年9月1日】 1996年6月、私は北京のある小さな新聞雑誌販売所で『轉法輪』と『轉法輪(巻二)』を買いました。その頃は、大きくても小さくても、北京のほとんどすべての本屋と新聞雑誌販売所に法輪功の本が売られていました。それから、私は法輪大法の修煉に入って、人生の本当の意義が分かりました。
中国共産党(以下、中共)が法輪功を残酷に迫害した時でも、法輪功学習者(以下、学習者)を黙々と助けていた善良な人がいました。今日は、彼らの話をいくつか紹介します。
1、真相を伝えることを応援して、商売が繁盛する花屋
私は信仰を貫くために、5回も逮捕され、2回も労働教養を言い渡されて、勤め先から解雇され、失業を余儀なくされました。毎月の失業補助金は255元(4.300円相当)しかないのに、妻は病気になって早期退職をしたので、毎月の収入はわずか146元(2500円相当)です。夫婦でこれだけの収入でどうやって生活できるのでしょうか?
その頃は、職場への復帰を求めながら、自分で仕事を探しました。同修が花屋さんの仕事を紹介してくれました。仕事に就いた初日に、私はオーナーのAさんに大法の真相を伝えて、花を売る時も顧客に真相を伝えていました。2週間働いた後、Aさんは何の理由も言わずに私を解雇しました。私が真相を伝えることは彼の商売に影響を与えるのを恐れたからだと、私は推測しました。
半月後、同修が私にまた花屋さんを紹介してくれました。今回のオーナーはBさんという40代の男性で、店はAさんのブースのすぐ隣です。私がAさんの店で働いていた2週間の間に話した真相内容を、Bさんは全部聞きました。仕事が始まる初日に、私はBさんに真相を伝えると、彼は黙々と聞いていました。私は「法輪功の修煉は真・善・忍に従って良い人になることで、信仰は罪ではない」と言うと、Bさんは中共の邪悪を知っているため、私が話したことを全部信じてくれました。Bさんが出した給料はAさんより多くて、また私に通勤用の定期券を買ってくれました。
私は毎日のように顧客に真相を伝えていますが、真相を伝えれば伝えるほど客足が多くなり、商売が繁盛しています。客の中には警察、判事、検事、政府官吏、将校、警備員、教師、学生など様々な人がいますが、彼らの多くは法輪功の真相を知って、私に優しく接しています。
ある日、胸に警察のマークをつけた警察官が花を買いに来たので、私は「あなたは警察でしょう、法輪功に対する迫害には加担しないでください。善悪には報いがあるのです」と言うと、彼は聞きながら花を選んで、最後に高価な花を買って、満足そうに帰りました。Bさんは「あなたはきっと彼に真相を言うと思った。思った通り、あなたは警察も恐れず言うべきことを言ったね」と言いました。私が警官に話しかけた時は、Bさんも少し緊張していたのですが、まさかあの警官が高価な花を買うなんて思いもしなかったので、とても嬉しかったようです。
「この客は金持ちなので、彼に伝えて、彼も救ってくださいね」と、Bさんは時々私に真相を伝えるように促します。Bさんは、交友関係が広くて、友人には政府に勤める官吏もいれば、商売をする人もいて、よく店に来ます。私はいつも彼らに真相を伝えています。彼らはBさんに「あなたが雇った人は毎日真相を伝えて、商売に影響がないのか」と心配そうに聞いてきますが、Bさんは「法輪功の人でも仕事をして生きていかなければならない。彼が法輪功のことを話したいなら私は止めない。彼の言ったことはすべて事実だから」と答えます。最後にBさんは「ここを真相を伝える場に使いなさい」と言ってくれました。Bさんの善行に私はとても嬉しくとても感動しました。店の商売は影響を受けなかったばかりか、ますます繁盛して、大法の恩恵を受けました。オーナー夫婦とアルバイト2人、4人で一日中忙しくて暇がありません。一日で、多い時は数千元(数十万円相当)も稼いでいます。
縁のある人に法輪功の真相を知って良い未来を得てもらいたい一心で、私はお客様に優しく接しているので、リピーターが多いのです。挨拶の代わりに店に来たら、「法輪功!」、「法輪大法はすばらしい!」と言うリピーターもいます。「あなたが良い人だとすぐに分かる」とほとんどの客が言ってくれます。
1年後、私が店を辞めた時、Bさんは「代わりに他の学習者を紹介してくれないか」と言いました。私との接触の中で、学習者は最も信頼できると彼は分かりました。いろいろな圧力に屈せずに私を雇って、私に真相を伝える場も提供してくれた善良な選択は、彼自身にも大きな福をもたらしました。
2、善良な女性警察官
ある日、私は町で女性警察官のCさんに会いました。Cさんは「師父の新経文が発表されたのよ、知っていますか」と聞いてきたので、私は「知らない」と答えました。すると、Cさんは、私と一緒に彼女の家に行って、新経文をくれました。
Cさんは私より少し年上で、私と同じ団地に住んでいますが、私の隣人と彼女は親戚関係にあります。Cさんとは、麻薬依存治療所の中で知り合いました。
2000年10月2日、私は派出所に逮捕され、現地の麻薬依存治療所の中に設立した「市強制転向センター」に入れられました。その中には数百人の学習者が監禁されていました。
私は3階に監禁され、Cさんと隊長(女性)の管理下にありました。私たちは毎日十数時間もベンチに座らされ、ねつ造された、法輪功を誹謗中傷するビデオやラジオを見聞きするように強いられていました。Cさんとその女性隊長は一日中厳しい表情をしていますが、悪意がないことに私は気づきました。義母と妻が面会に来て、食べものを持ってきました。私は食べものを他の学習者に分けて、2房のブドウをCさんと隊長にあげました。
Cさんと女性隊長が当番の時は、学習者に「リラックスしていいよ」と教えてくれ、もし玄関のベルが鳴って他の警察官が来たら、2人は大きい声で「座れ!」と叫びます。2人は学習者を助けるために、できる限りのことをしています。
Cさんは私に「あなたと私は同じ団地に住んでいるし、私の親戚はあなたと同じマンションに住んでいるのよ」と話しかけました。私はCさんに「学習者に虐待や迫害をしないでください、学習者らは皆良い人で、良い人を迫害するのは罪なのです」と言いました。
ある日、Cさんは漬物を作ると言って、私を含めた何人かの学習者を食堂に呼びました。Cさんは私たちに「ビデオの内容は全部嘘なので、見るのは時間の無駄だ。あなたたちを呼び出したのは、リラックスさせたいからだ。『転向』って、どこに『転向』するのか」と言いました。私は微笑んで、彼女に真相を伝えました。Cさんは、「子供の頃から両親に良い人になれと言われている。私は今のところ法輪功を修煉していないが、真・善・忍に基づいて良い人になろうとしている。迫害が始まった時、私たちは共産党はきっと間違っていないと思った。しかしあなたたちと接触すると、あなたたち法輪功を煉る人はみんな良い人だと分かって、はじめて共産党が間違っていることが分かった」と語りました。Cさんはいつも無表情で厳しそうに見えますが、実は彼女は善良で物事の良し悪しの分別がつく、良い警察官です。
私たちに修煉を放棄させるために、大隊長は毎日学習者と対話します。ある日、大隊長は私と対話して、私は「ここのビデオとラジオは毎日デマを流し、法輪功や李洪志先生を中傷して、師父のお教えを改ざんしている。李洪志先生のすべての著作、説法ビデオなどを持ってきなさい。一緒に一画面一画面、一段落一段落を対照してみると、きっとビデオやラジオの放送は嘘だと分かる。これは中共の汚い手段だ」と言うと、大隊長は何も言わずに静かに聞きました。翌日、私は「転向」しないため、15日間の拘留を言い渡されて、拘留所に移送されました。
半月後、出所した私は団地でCさんに会うと、Cさんは「私はとても厳しそうに見えるだろう、仕方ないね、この職場環境の中では。しかし学習者が入所する時、私は自費で彼らにタオル、トイレットペーパー、歯磨き粉、歯ブラシ、スリッパ、シャツを買ってあげて、助けている」と言いました。また、「所長が香港に行って来て、『法輪功は香港では合法的な組織で、すべての活動は公にやり、取り締まられることはない。彼らが街頭で資料を配り、宣伝も、すべて公にやっている』と我々に伝えた」と言いました。最後にCさんは、「江沢民は本当に悪人だ。警察に法輪功を迫害させて、警察に罪を犯させた」とも言いました。真相がここまで分かった彼女のために、私はとても嬉しかったです。
現地のある学習者が派出所に逮捕され、他の同修はCさんに助けを求めました、Cさんが自ら派出所の所長にお願いをしたおかげで、逮捕された同修はすぐ釈放されました。逃亡を余儀なくされた学習者夫婦にCさんは2000元(約1カ月の月収に相当)を貸し、夫婦を警察の拘束と迫害から逃れさせました。現地の学習者は皆Cさんを信頼しており、彼らは労働教養所に送られる前に、法輪功の書籍や自分の身分証明書などの貴重品をCさんに預けます。出所したら、Cさんはまた彼らに返します。
現地では800人余りの学習者が不法な労働教養に処せられ、400人近くが実刑判決をされ、100人余りの学習者が迫害によって死亡し、麻薬依存治療所、看守所、洗脳クラスに送られた学習者は数千人にも上ります。
3、研究所の扉に優曇華が咲いた
ある日曜日、同修のDさんが我が家を訪ねて、「さあ、私の職場に、優曇華を見にいこう」と誘いました。我々は山道に沿って彼の職場、ある研究所にやって来ました。入り口に近づくと、構内から法輪大法の音楽「普度」が聞こえてきます。入り口の鉄の扉に十数輪の白い優曇華が咲いているのが見えました。Dさんはこの研究所で受付をしていますが、仏像の顔に優曇華が咲いている絵が受付の扉に貼られ、横に優曇華に対する紹介文も貼られています。
受付の壁に『明慧画報』など十数種類の法輪功の真相資料がずらりと貼られて、誰が見ても、法輪功に対する迫害はここではまったく起きていないと思います。実は1年前、Dさんは警察に逮捕されましたが、大法に対する強い信念の下で無罪になって釈放されました。
もともとDさんはこの研究所の高級エンジニアですが、上層部は警察からのプレッシャーを受けて、彼に減給処分をし、受付に異動させましたが、Dさんは受付の仕事に励み、引き続き同僚たちに法輪功の真相を伝えています。
研究所で優曇華が咲いたことは、人々の神性を啓発しました。Dさんの同僚たちはみな知能の高いエリートで、理性的に物事を考えています。法輪聖王はこの世で法を伝えて、法輪大法は高いレベルの修煉法で、大法弟子は福音を伝える神の使いだと彼らは信じています。Dさんが職場で真相を伝えると、多くの同僚は中共の組織を脱退しました。
4、学習者の再就職を応援してくれた人たち
2005年7月、私は労働教養所で2年の拘留をされて出所しました。ある日、「退役軍人再就職事務所」からの電話を受けて、働く意向があれば、身分証明書と戸籍謄本を持って区役所へ行くようにと言われました。私は若い時、軍に入って服務したことがあります。
区役所に行って聞くと、不法監禁期間中の未払いの給料を受け取ることができる、ということでした。私は迫害されていた事実を、窓口のスタッフや周りの市民に話しました。皆は私の境遇に同情して、私を座らせ、時間をかけて私の話を聞いてくれました。最後に、スタッフが1枚の銀行カードをくれましたが、監禁期間中に未払いになった給料、計1万元余り(十数万円相当)が入っていました。また、そのスタッフは真相が分かって、三退をしました。
その後、私は「退役軍人再就職事務所」に行って主任を探し、仕事を紹介してほしいと頼み、真相も伝えました。主任はドアを閉めて、私の話をずっと優しい態度で聞いてくれました。最後に、「住民委員会組織課の課長のところに行ってください、課長があなたの再就職に同意すれば、上へ報告してくれるはずだ」と教えてくれました。
住民委員会組織課に行って、私はまた真相を伝えると、組織課の課長は「住民委員会の共産党書記に相談してください」と言いました。私は書記に会い、書記と法輪功への迫害を専門に担当する2人に真相を伝えると、書記は、「あなたの再就職の件はもう上へ報告済だ、連絡を待ってください」と言いました。
2005年7月末、「退役軍人再就職事務所」をはじめ、組織課の課長、住民委員会の主任など計7、8人が500元(約1万円)の慰労金を持って、我が家を訪ねてきました。主任は門を入ると、「8月1日の『中国解放軍設立記念日』に際して、私は共産党と政府を代表して慰労しに来た」とにっこり笑って言いました。私は「主任、邪悪な共産党と政府は国民の信仰の自由を奪って、私の生存権利も奪ったため、私は共産党と政府に感謝していない。しかしあなたたちのような、親切に助けてくれた善良な人に感謝します」と言うと、彼らはみんな驚いて私の勇気に感心しました。
2006年の春、住民委員会の斡旋で私は無料のパソコン教室に通うと、その後、職業訓練に参加しユニフォームをもらい、6月6日に仕事に就きました。7月に初めて給料をもらうと、4000元余り(約7万円)ありました。私はすぐパソコンとプリンターを買って、真相資料を作れるようになりました。
迫害を受けている中で、私は家事代行、花屋のアルバイト、新聞配達をやり、露店を経営したこともあり、肉体労働もしました。どんな環境にいても、私は真相を伝え続けていますが、どんな環境でも、学習者を助けてくれる善良な人がいました。彼らの善行に心から感謝します。彼らの善行はきっといつか報われると思います。