【明慧日本2022年2月9日】(明慧ドイツ記者の報道)「医者が全ての器具と酸素チューブを外した後、私は生死の境界で一周し、李洪志師父によって救われて戻ってきたのです。あの時、私はまだ法輪功を学んではいませんでした」。医療保健系統の仕事をしている、ドイツの法輪功学習者・ソニアさん(62)は「私の生命は法輪功が下さったのです」と感謝の意を述べた。
医者から見放されたソニアさんは、神秘的な臨死体験をした後、新しい人生のインスピレーションを得て、本当の家に帰る道を見つけた。
ドイツの学習者・ソニアさん。李洪志師父に新年のお祝いを申し上げる |
抜歯で生命の危険に瀕する
それは1995年末のこと、ソニアさんは歯医者で2本の親知らずを抜いた。帰宅してから身体に違和感を感じたが、何と言ったら良いのかが分からなかった。数日後、高熱を出し、下がらないので大病院に検査に行った。医師は最初原因を断定できず、ソニアさんが歯を抜いたばかりだったので、すぐに口腔を検査し、中が全部黒くなっているのを発見した。化学検査後、抜歯の時に血液感染し、毒素がすでに血管を通って全身に蔓延したことが分かった。
ソニアさんは回顧して「数日後、私は完全に知覚を失いました。病院で4週間、ずっと意識不明で、呼吸器で生命を維持していました。5日間連続で高熱が出た後、医師達は私の命の望みが無くなったと呼吸器の取り外しを決定しました」
その時、ソニアさんは35歳で、10歳の息子がいた。生活の中で多くの浮き沈みを経験した彼女にとって、息子は唯一の愛すべき存在だった。
全ての器具が外されたソニアさんは、ベットの上で両目を閉じ、何の生命の兆しもなかった。しかし他の空間では彼女の意識はとてもはっきりしていた。
臨死体験で生涯の審判を受ける
ソニアさんは言う。「私は迎えに来た人の声が聞こえ、離れるように言われました。私は彼に『私は行けません。息子はまだ小さく、私しか家族がいないので、残って彼の面倒を見なければなりません』と言いました。その声は温かく親切で、肯定的な口調で、私に言いました。『あなたのこの考えはここでは間違っていませんが、ただここだけに限られています。私たちはあなたの息子を守り、他の誰よりもしっかり守ります。私たちと行く気がありますか?」
この保証を得た後、ソニアさんは安心して離れることに同意した。
「私は非常に速いエレベーターに乗っている感じで、エレベーターは飛ぶように上がり、まるで1分で1000階まで上がるようでした。それから壁が見えない部屋に来て、中は白色と金色の光で満ちていて、とても明るくて柔らかな感じでした。そこに立っていると音楽が聞こえ、暖かく感じ、心が満たされ、自分はまるで海に帰るしずくのようでした」
「温い声が私を弁護してくれた」
「私がいたのは隅っこの部屋で、誰も入って来ず、これは一種の守りだと感じました。私は恐怖もなく心配もなく、ただ法廷での声が聞こえていました。彼らは私の案件を審理していました。一人の原告が、私がどんなに悪いかを言い、私が行なった10件の悪い事を列挙し、彼の陳述で一幕一幕、発生した事が証拠として放映されました。大小の悪事が全てあり、全て私がしたことでした。私は恥ずかしさのあまりに穴があったら入りたくなり、地の割れ目に入りたくてたまらなくなりました。私がその時思ったのは、もし私が聴衆であれば、必ずこの悪人を懲罰するでしょう」
「この声が終わった後、私をここに連れてきたあの声がまた出現しました。彼はまるで私の弁護士で、私をどんなに良い人かを言い、同じように10件の私がした良い事を列挙し、どんなに小さいことも同じように放映しました。そのとても小さいことは自分でも忘れていたことでした。彼の弁護を聞き終えて、私はまた自分はけっこう良いと思いました」
「弁護人」が言い終わった後、ソニアさんは多くの声が議論しているのが聞こえ、彼女を人間の世界に返らせるべきだと聞こえたという。ソニアさんは回顧して「彼らのこのような情况下で『良いかどうか』確信が持てませんでした。私の『弁護人』がまた現れて、私は彼が弁護士だけでなく、この法廷の最終决定者であることに気づきました。彼は私が人間世界に戻って生き続けるようにしたいようでした」
「彼は私に言いました。『あなたが同意すれば、人間の世に戻れる。元の身体に戻って生命を延長した方が、最初から転生するより簡単で、このようにすればあなたはちょうど間に合うから』。彼はまた『私が保証する。今回必ず成功する』と言いました」
一体「間に合う」とは何か、またどんな事が「成功」するのか、ソニアさんはその時は分からなかった。しかしソニアさんは、彼の声は自分の魂を貫いたと感じたそうだ。「私は今までこのような深い信頼、希望、温かさと慈悲を感じたことがありませんでした。救われることを感じ、私は感動して涙を流しました」
この時、病院のベットの上でソニアさんは目を覚ました。壁の時計は10分しか経っていなかった。医者たちは彼女が目を覚まし、身体も動かすことが出来るのを見て、不思議で驚いてやまなかった。
このことを経験してから、ソニアさんに大きな変化があった。彼女は「あの(臨死体験)後、私は人と人とのトラブルを淡白に見るようになりました。私の唯一の願いは、私に生まれ変わった命をくれた人を探し、彼の引導を得て、私の使命を完成させることでした。私は必ず探し出せると分かっていました。なぜなら彼は私を人間の世に戻してくれたからです」
師父を探し出せた 大法の修煉で生活が素晴らしくなる
1997年8月のある日、ソニアさんは突然少し不安になり、街に買い物に行きたくなった。しかし具体的に何を買いたいのかは分かりませんでした。ソニアさんは何かの力で引き寄せられるように市の中心部に行き、買うものを探していた。
ソニアさんがあるスーパーに入って、新聞や雑誌コーナーに行った時、無意識に止まって見てみた。突然、ソニアさんの手があるパンフレットの上で止まった。「ある雑誌の中に、黄金色の煉功服を着ている師父の写真をすぐに見つけました。私は知っていました。彼こそが私を守って下さり、私のために保証して下さった方でした。私は子供のように泣き出しました」
その雑誌に法輪功の紹介がされていた。その時、ドイツではまだ法輪功が広く伝わっていなかったので、文章の中にあった情報をもとに、ソニアさんはすぐに当地の華人同修に連絡した。
すでに25年が過ぎ、ソニアさんの生活は大法の修煉によって大きく変化した。ソニアさんは依然として医療保健系統で仕事をし、それぞれ異なる社会的弱者を助けている。ソニアさんの息子もすでに独立した。
ソニアさんは言う。「どんな言葉を以ってしても師父への感謝は言い尽くせません。修煉を通して、私の性格は穏やかになり、周囲の全ての人達を心から助けたいと思っています。もちろん彼らが私に対して良くても悪くてもです。以前のように人と争うことはせず、心から彼らのために願っています」
ソニアさんの外見も明らかな変化が生じた。以前ソニアさんは護身術を鍛錬していたが、現在はすこしふっくらとして、温厚に見え、そんなに怖くなくなった。昔の多くの知り合いは皆彼女だと分からないほどである。
ソニアさんは言う。「修煉を通して、私は一つの生命が大法によって導かれる時、こんなにも美しくて素晴らしい体験をしました。私は心からもっと多くの人が大法の素晴らしさを知ることが出来るように願っています」
「中国の旧正月をお祝いします。師父、あけましておめでとうございます! 師父、ありがとうございます!」