文/中国の大法弟子 清蓮
【明慧日本2022年10月30日】私は農家の娘で、今年(訳注:2019年)55歳で、1998年8月に法輪大法の修煉を始めました。
修煉前は、生活が苦しく、加えて家庭のトラブルで私は気分が塞ぎ、めまい、乳腺炎、脳血管障害、関節炎などの病気を患い、その他に、私は子供の頃から続く手足のしもやけが毎年のように再発し、これらの病気が私を果てしなく苦しめていました。
法輪大法を修煉して9日目、師父の九講のビデオを見た後、私は煉功場に行って煉功し、第二式の功法を煉功していた時、突然倒れ、煉功場の横にある石の上に頭をぶつけてショックを起こしました。その場にいた同修たちが驚き、10分ほどして、私は目が覚めて立ち上がりました。驚くべきことに、私の顔は皮膚さえ切れておらず、少し汚れただけで、その時からめまいがすっかり治ってしまったのです!
他のいくつかの病気もすぐになくなりました。1998年の冬には、毎年再発していた手足のしもやけが解消され、完全になくなりました。その時の私は毎日が楽しくて嬉しくて仕方がなく、病気から解放されて素晴らしい気持ちになりました。李洪志師父はとても偉大です!
大法は私たちに善良な人間になるように教え、私は心の底から同意し、世の中で真・善・忍に基づいて行動でき、家庭ではトラブルを冷静に見て、大法が私に与えてくださった慈悲の心で年配者、夫、子供に接し、全てが順調に進み、全てが良くなりました。私の心はとても広くなり、毎日がとても充実していました。私が楽観的だと近所の人が褒め、私は「なぜ私が幸せではないというのでしょうか? 私は法輪功を修煉し、大法が私に与えてくださったものはどんなにお金を出しても買うことはできません!」と言いました。
大法のおかげで姑に対する恨みを解決できた
私はもともと穏やかで寛大な人間で、人と議論することもなく、誰とでも笑顔になれ、人を傷つけることもありませんでした。しかし、どういうわけか、私が嫁いだ家はこんな家でした。舅姑が息子と嫁を叱るのはしょっちゅうで、舅と長男の嫁が喧嘩をしさらに刃傷沙汰にまでなった時は、私は怖くて半日家から出られませんでした。姑は村ではとてもよく知られていました。
私が行った直後に、姑は実家に帰ってしまい、春の植え付けが終わるまでずっと戻ってきませんでした。春の種まきを前に、舅が家には種や肥料を買うお金が無いから私にお金を貸してくれと言い、秋に穀物が売れた時に返す、と言いました。家は30ムー以上(2万平方メートル)の土地を持っており、私の結納金は基本的にすべて舅に渡していました。秋まで待った後、姑は家庭内の分家をし始め、借りたお金を一切返さないばかりか、さらに私が姑たちの料理を食べたとまで言いました。私と夫は家族のために1年中畑を耕して忙しく働いても、姑は私たちに食料として100キロのトウモロコシしかくれませんでした。
私が正直であるのを見て、姑は私たちのために1万元以上の借入債務をし、その中には長男の結婚式のためのローン、姑の家の建築ローン、私たちの家の建築ローン、さらに私たちの結婚式の家具のための借金などがありました。私が受け入れられなかったのは姑が数年前に他の人のために600元を使い、さらにそれを私たちに返させ、私が返したくないと思っていると、猛烈な勢いでシャベルを持って迫ってきたので、私はあまりの恐ろしさに気絶してしまいました。
私が妊娠・出産した時、姑は私のために一度も食事を作ってくれず、料理のできない夫が私のために作ってくれました。親戚から送られてきたお米は姑が自分で保管しており、私は毎日小麦粉を食べ、夫は麺の打ち方を知らず毎日私のために団子状にした小麦粉を作り、私は1ヶ月間団子状にした小麦粉を食べ、胃酸を引き起こしました。それ以来団子状にしたを小麦粉はあえて食べないようにし、食べると胃が痛くなりました。
結婚してからの10年間は日の目を見ることもなく、喜びの瞬間もなく、いつも涙で、毎日憤りの中で日々を過ごしてきました。私は姑を見ると辛くなり、私は永遠に恨み、姑を無視しました。私はいつも心の中で「私はあなたに逆らえず、あなたから隠れることもできないのでしょうか?」と思っていました。私は精神が崩壊しそうになり、体調を崩してしまいました。
ついに暗雲が消えて晴れやかな空になりました。1998年、私は法輪大法を修煉し、師父の博大で奥深い法理は私の心のもやもやを取り除き、私の心を明るくしてくださいました。私は天理が分かり、人と人との間には因縁関係があり、姑が私にひどい仕打ちをしたのは、おそらく前世で私が姑にひどい仕打ちをしたからだと理解し、これは因果応報でした。私は「自分と姑は善縁ではなく、姑に大きな借りがあるのかもしれない」ということが分かりました。煉功者として「修煉者には敵はおらず」[1]と師父の説かれた通りにしなければなりません。
修煉者は誰に対しても親切でなければならず、自分の姑や高齢の家族はもちろんです。法理がはっきりと分かった後、私は率先して姑に近づき、農作業や野菜の栽培、洗濯などを姑のために手伝いました。姑が困っていたら私はいつも助けに行きました。私は舅姑が気の毒になり、舅姑は大変な人生を送ってきたのだと思いました。長男一家は地方に転居し、次男は早くに亡くなり、ただ一人の娘は精神的に病んでいたからです。私の夫はいつも出稼ぎに行き、ギャンブルに病みつきになっており、夫は全く自分の両親に気を配る時間がありませんでした。舅姑の老後の負担は間違いなく私の肩にかかっており、日々の家事はすべて私が行っていました。
私は法輪大法によって作られた生命であり、師父は弟子たちに善良な人間になるように教えられています。中国の伝統的な美徳に「親孝行はすべての美徳の第一である」というものがあります。舅姑が私を産み育てたわけではありませんが、人としてどちらも親であり、高齢者を敬うのは大法弟子として行うべき行動です。
舅が亡くなった後、高齢の姑の生活はさらに厳しくなりました。姑の衣食住はみな私が面倒を見る必要があり、姑は私から離れることができず、私は姑の精神と生活の支えになりました。姑が病気の時は、私は薬を買ってきて枕元で看病し、髪を洗ったり足を洗ったりお風呂に入れたりし、便通がない時、時には薬が効かず、私は何度も姑のために指で少しずつほじくり出しました。姑は何度も感動して涙を流し、すばらしいと私のことを褒め、姑の娘と比べると尚さらすばらしいと褒めました。私は姑に「私がすばらしいのではなく、法輪大法がすばらしいのであり、大法の師父が私にしっかり行うよう教えてくださったのです」と伝えました。姑はいつも「私は李洪志師父に本当に感謝しなければなりません」と言いました。
息子の嫁は私がバカだと言い、息子の嫁は「義理のおばあさん(訳注:私の姑)には息子がいるのに、どうして彼らが世話せずに私たち一家に頼るの? これはとても不公平だ」と思っていました。私は「彼らは地方におり、遠くからの水では渇きを癒せず、私は大法の修煉者であり、彼らを当てにしてはいけません」と言いました。
姑の娘が病気で亡くなった後、姑は私を心が通い合う人だと認め、一番身近な親戚になりました。年をとって足腰が弱くなった姑に対して、とても苦しんでいると感じ、とてもかわいそうだと思いました。姑の困難は私の困難にもなり、姑はすべてのことで私の助けを必要としました。姑ははっきりしている時には私に感謝し、混乱している時には私の道理を指摘し、さらに外の人にも、私が姑にひどい仕打ちをした、と言いました。それでも私は姑を憎まず、できる限り姑を大切にしました。師父は「善人は慈悲心が常にあり、憎むことなく、恨むことなく、苦をもって楽とするのです」[2]と説かれました。大法弟子として、私は大法に従わなければなりません。今(訳注:2019年5月)、姑はすでに85歳ですが、体が丈夫で、自分で町の通りや小道をぶらついたり、散歩したりすることができます。
大法の威力は無限大、リンパ腫がなくなった
2015年、突然首の左側に米粒大の赤いおできができ、最初は虫刺されだと思って気にしていませんでした。1ヶ月後、赤いぶつぶつが杏仁豆腐ほどの大きさになり、赤く腫れて痛くなり、首や顔も腫れてきて、頭全体が痛くなりました。その時はちょうど秋の収穫期で忙しい時期で、それでも私は畑仕事を欠かさず、赤いぶつぶつが当たって破れ、血が流れました。
正午に姑が来て、姑は一目見るや驚き「これはまずい」(姑は癌だと思ったが、そうは言わなかった)と言い、すぐに村の義理の姉(修煉者)のところにこっそりと行き、義理の姉が駆けつけて来て、ちらっと見て「良いことではありません」と言いました。姑の要望で、夫は私に午後の畑仕事をさせず、市立病院で私に治療を受けさせました。
「私は法輪功修煉者であり、これは病気ではなく、これは別の空間からの悪辣な霊体が私を迫害しているのであり、師父がおられ、大法があるため、あなたは私に危害を加えようとし、私を滅ぼそうとし、あなたは私の命を狙っているが、誰が誰の命を狙っているのか」と思いました。私は家族に「これは病気ではなく、修煉者には全く病気はありません。病院に行く必要はありません」と説明しました。姑と夫はそれがよく分かっていませんでした。私は『轉法輪』を大量に読み始め、五式の功法を強化し、高密度に正念を発しました。さらに2人の法輪功修煉者も私を助けに来て正念を発してくれました。
法輪大法の力は無限大です。李洪志師父の威徳は無量です! 3日後には、私は首の赤いぶつぶつが小さくなり、顔や首の赤みもすっかり消え、頭の痛みもなくなっていました。7日後、赤いぶつぶつは自然消滅しました。法輪功の師父が他の空間でこの邪悪な霊体を取り除いてくださったのでした。私も家族もみな心の底から喜び、私の命を救ってくださった師父に感謝申し上げました。
2017年、夫の妹も首の左側に小さな赤いぶつぶつができ、杏仁豆腐の大きさにまで成長したため、市立病院で切片を切り出す手術を受け、この腫瘍を摘出しました。その直後、同じ場所に赤いぶつぶつが現れ、どんどん大きくなってアヒルの卵くらいの大きさになり、赤く腫れ上がり、やがて破裂して大量に出血しました。それからわずか4ヶ月後、夫の妹は亡くなりました。私と夫の妹との比較を通して、私は「法輪大法は人を済度する徳の高い大法である」という深い理解が得られました。現代の医学では治すことはできても、命を救うことはできませんでした。もし私が大法を修煉していなかったら、夫の妹と必ず同じ結果になっていたでしょう。
法輪大法は人々を救う宇宙大法です。私は師父のご恩に感謝申し上げます。私を助けてくださった同修の皆さんに感謝いたします!
注:
[1] 李洪志師父の著作:『精進要旨三』「世間に向かって輪を回す」
[2] 李洪志師父の著作:『精進要旨』「境界」