文/大連の新しい学習者
【明慧日本2023年6月28日】最近、私は運転免許証を取得しました。普通、他の人から見れば全く驚くことではありませんが、私にとって、ほんの数年前までの状況を考えると、奇跡としか言いようがありません。2007年の6月7日の午後11時頃でした、私は実家のレストランの入口でバーベキューをしていたところ、包丁を持った男が人を追いかけているのを目撃し、私は勇気を出して包丁を奪い、被害者は助かりましたが、私は重症を負ってしまいました。
私は病院に運ばれましたが、右側頭部の耳を刺されて、切り口は15cmでした。耳は裂かれ頭蓋骨は砕け、腦漿と血がシャツに染み込んでいました。(現在、開放性脳損傷で縦3cm、幅2cmの部分には頭の骨がなく、頭の骨には3本の釘が打たれている)、すでに瞳孔は開いてしまい、その時点で医師から死亡宣告を受けました。
両親は医者に私を必ず生き返らせてくれるように哀願しました。医師はその日のうちに1万ccの輸血を行い、私はICU(集中治療室)で13日後に、目を覚ましました。
13日間の昏睡状態だったのですが、私は白無常(道教の地獄の神)が私をふわふわと冥界まで連れて行くのが見えました。冥界の正門に着いた時、門番は入らせてはくれず、私に向かって「あなたの寿命はまだ終わっていない」と言いました。そして白無常は再び私を人間界に連れ戻し、私は意識が戻りました。医師は私の両親に「あなたたち(2人)は本当に幸運です。今月、ICUで蘇生処置をした患者は20人でしたが、2人しか助かりませんでした、他の人は全員亡くなられました」と言いました。
私の父は、法輪大法の修煉者なので、2006年に私を中国少年先鋒隊(6~14歳の少年全員が参加する中国共産党の組織)から脱退させてくれました。そのため私は生き返る事ができたのです。法輪大法の師父は私に2つ目の命を与えてくださいました。
退院後、公安局の法医学鑑定と市区町村障害者連合会の審査により、障害3級と判定され、障害者手帳3級の証明書が発行されました。私は自分の身の回りのことができなくなり、脳の病気が再発し、また2回目の入院をしました。2回目の退院後、私は父と一緒に法輪大法の修煉を始め、修煉の道を歩み始めました。すると脳はすぐに完治し、普通の人と同じように健康になりました。
生きていくために、私は車の運転手になりたいと思いました。区で開催された自動車運転者講習会に参加しました。その修了試験は、筆記と実技の2部に分かれていました。今回の試験には計98人が参加しました。筆記試験の結果は、もう一人の学生と同列一位の98点でした。実技試験では、4項目の試験すべてに合格しました。頭の骨が砕け、腦漿が流出していた人として、これほど優秀な成績を収められたのは奇跡ではないでしょうか?
これは、法輪大法と師父が私に与えて下さった智慧なのです。私は最後まで法輪大法のなかで修煉いたします。