師父の家族に正しく接する
 

 大法修煉は厳粛なことです。師父はこの世にやってきた当初、衆生を覆滅から救う一心でした。心にかかることもなく一人で悪世に赴き、人間のなかで転生し、無数の分身を作り、世界の隅々と各民族に散りばめました。君主から庶民まで、三界の神仙から冥界まで、至るところに行きました。各界の衆生と広く親縁を結んだので、生々世々、各世と各界の無数の父母、妻子、兄弟姉妹と縁を結びました。(このようにしたのは)一つは世間の道徳を見守るためです。もう一つは衆生と広く聖なる縁を結び、人体を救い済度するときにそれを利用するためです。長い歴史のなかで、衆生と世の人の多くは師と各種の縁を結び、特に世の人の多くは師と親縁関係を持っています。特に、大法弟子の多くは複数の世で師父の直系親族であり、これも大法弟子という縁を結ぶことができたことの主因です。

 現在、宇宙で法を正すことの幕が開けられ、大法弟子になった人、救われるのを待っている衆生になった人もいれば、親戚、友人、学友、同僚になった人、もちろん兄弟姉妹や妻子になった人もいます。師父以外の人は皆、大法修煉者であり、自らを済度し人を救い、師が衆生を救い済度することを手伝う使命を背負っています。

 しかし、末世(まっせ)の末に至ると、人心が歪み、道徳が低下し、人間の考えや行動に変異が起こり、特に中共邪党の人心と道徳への迫害はとりわけ危険で悪質なのです。このような乱世で人を救い修煉している大法弟子は現在の環境からの影響を避けられず、修煉をいざ緩めてしまうと常人の心、常人の考えで物事を見てしまい、長く続くととても危険なのです。ですから、師父は皆さんに修煉を緩めないようにと要求しています。

 今、皆さんに指摘したいのは、師父のこの世の家族にどのように接するのかのことも「人心」を曝け出す深刻な問題になったということです。ときには師父がたしなめても聞き入れませんでした。師父の話に従わないならまだ私の弟子なのですか? 師父の家族に特別な扱いをすることも、冷淡な態度を見せることも彼らの修煉に影響するのです。皆さんは考えたことがありますか? 特に不適切なへつらいは師父の家族に害を与えるのです。師父の家族に師父のように接している人もおり、彼らに金銭を与える人もいます。どの心からこのようなことをしたのですか? どの大法プロジェクトも学習者から金銭を募ってはいけないのです。どの大法プロジェクトも例外の場合に千ドル以上の寄付の申し出があったとき、同意を得ていなければ受け入れてはいけないのです。勝手に金銭を渡す人は人を害し、己を害しています。あなたは師父の家族と師父を汚しています! 実は一部の人は師父の家族から何らかのメリットを得ようと思っています。また、修煉の近道になると思っている人もいます。どんな可笑しな人心もあります。さらには、師父がこのことを知った後、特別な配慮を受けられると思っている人までいますが、師父を何だと思っているのですか? 実は師父の家族は金銭を受け取っても師父に打ち明ける勇気はありません。さらに、金銭を渡して何のメリットも得られなかった人は不満を持つようになり、中には後悔した人もおり、彼らはトラブルを起こしています。これはいずれも中共邪党の背後にいる赤い魔がやろうとしていることです!

 宇宙は覆滅されつつあります。一人の生命が末後の滅から逃れたければ、大法を得るしかありません。この宇宙ほど大事なことに非常に厳粛に対処しなくてもいいのですか? 過去の宇宙の神まで宇宙に法があることを知らないのに、今は人間に法を伝え修煉させています。なんという縁でしょう! なんと洪大な恩でしょう! どのような心で対処すべきでしょうか! 大法が伝え出された当初、世の人と神、特に世の人々が長い宇宙の歳月のなか、生々世々、無数の罪業を作ったことを考慮していたのです。このような生命を救い済度しようとするなら、過去の悪事を水に流すしかありません。これはなんという大法による救い済度の恩なのでしょう! なんと巨大な慈悲なのでしょう! なんと神聖な恩典なのでしょう! これらのことを考えた人はどのくらいいますか? 人間の心と考えで大法と師父に対処した人は、その心はこの巨大な使命と聖恩にふさわしいのですか?

 実は、あまたの生命が救われ済度されるようにするため、救い済度の過程で今までの悪事を一切見ていませんが、限度がないわけではないのです。宇宙で法を正す際、世の人の心、神々の心を見ています。この未曾有の乱世で修煉しているため、認識の過程があってもよいのです。精進する時期や精進していない時期があってもよいのです。理解する人やまだ理解できていない人がいても構いません。何と言っても人間の智慧に限りがあるからです。しかし、今の人類の一員として、特に大法弟子の一員として、絶対にしてはいけない二つのことがあります。一つは師を欺くことです! もう一つは衆生を救い済度することを妨害することです! これは生命を残せるかどうかを決める根本的な線引きだからです。少しでも触れてはいけません!

 最後に皆さんに教えますが、師父の慈悲はほぼ無限なのですが、生命が済度されるかどうかの要求、大法弟子に対する基準は極めて厳粛なのです!

師 李洪志      
二〇二三年九月十三日   

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2023/9/15/465358.html)