文/中国の大法弟子
【明慧日本2023年10月7日】私は修煉の過程で何度も深刻な病業を経験しました。しかし、生死の考えを手放し、法輪大法の創始者である李洪志師父の手にすべてを委ね、正念を持って障害を乗り越えることができました。私の理解では、師父と法をしっかり信じる限り、越えられない障害はないということです。
病気の悪業を打ち破る
2000年に父を病院に連れて行き介護をしていた時、私は突然気が遠くなったように感じました。そのとき私が考えたのは、医師の助けを求めるべきか、それとも師父を信じるべきかを考えました。私は自分の命を師父の手に委ねることを選びました。私の正念が現れるとすぐに、師父は私の体を清めてくださいました。私の体ほどもある黒い影が私の体から去っていきました。その時、私は全身汗だくになりました。すると、気分が軽く爽快になり自分の体細胞や空間が喜びで満たされていると感じました。私は師父に感謝する気持ちを言葉では言い表すことが出来ず、ただ手を合わせて師父の慈悲深い救いに感謝しました。
正念で生死の危機を乗り越える
生理中に二度ほど大量の出血がありました。1回目は2019年、水を張った大きなたらいを持ち上げているときに下腹部がピクピクしました。その後、出血が始まりました。下半身から出血し数時間続きました。私は師父と法を100%信じていたので怖くありませんでした。私は師父の手に自分の命を預けました。たとえ死んでも、残るのは私の肉体だけで、本当の自分は永遠に生き続けるのです。また私はこうも思いました。これはいいことです。師父は古い血を新しい血に置き換えておられるのです。出血は1日後に止まりました。
2カ月後、また出血しました。出血は3回に分けて起こり、ズボンを2回取り替えなければなりませんでした。血が足に流れ落ちました。白いシンクに入れた洗濯物から血が流れ出ているのを見て、めまいがしました。しかし、私はまったく怖くありませんでした。私は「これは良いことです、師父は更に高エネルギー物質の血液に置き換えてくださっているのです」と思いました。
師父は「ですから、あなたが遭遇する良い事も悪い事も、大法の中で修煉している限り、すべて良いことです」( 『二〇〇五年サンフランシスコ法会での説法』)と説かれました。
私は1日もかからずに回復しました。この過程で、師父は私の体から腫瘍を取り除いて下さいました。師父に感謝いたします。
2022年に朝食を食べているときに、右手に力が入らず舌がしびれ、よだれが垂れ始めました。足にもいつもの力が足りず、おかしな歩き方をしましたが、私は落ち着いて恐れず、これは良いことだと思いました。
師父は「根基が非常に良い人がいて、素晴らしい素材だ、とわたしも気に入っていました。そこで、彼に与える難をちょっと大きくし、速く借りを返済させ、功を開かせ、私はこのようにするつもりでした。しかしある日、彼は脳血栓になったかのように、ばったり倒れてしまいました」 (『轉法輪』)と説かれました。
脳卒中の症状もあったので、師父から見れば私は生まれつき資質の良い方なのでしょう。私の大法に対する信念は岩のように強く揺るぎませんでした。師父のご加護により、私は3日の内にこの悪業を克服することができました。
その3日間、私は自分が病気だとは思っていませんでした。夫は私に義母の散髪と家族全員の料理の準備をするように頼みました。私にとってその仕事はかなり難しく、最初は不満に思いましたが、表面的には、夫は私を助けてくれているのではありませんか? 彼は私の心性を高めるのを手伝ってくれていると思うと心が落ち着きました。私の心性が改善されるにつれて業は消され、脳卒中の症状は消えました。
私は夫に「あなたは私の修煉の向上を早めてくれました」と言いました。
彼は「あなたの症状は病気ではありません。師父はあなたの業を取り除いてくださっていたのです」と答えました。
夫は修煉者ではありませんが、生まれながらにして優れた理解力がありました。師父は以前にも夫の命を救って下さいました。師父の大きな慈悲に感謝いたします。
私は病業を新たな視点で捉え、病業に対するありきたりな考えを完全に捨てました。私の空間から「病気」という言葉は消えました。
中国共産党(CCP)が法輪功と法輪大法の学習者に対する容赦ない迫害を始めて以来、私は二度連行されました。
拘置所では取り調べを受け、信念を放棄するための保証書を書くよう圧力をかけられました。私はそれを書くことを拒否しましたが、警備員を迫害者とは見なしていませんでした。彼らも嘘による被害者なのです。私の中には憎しみはなく、ただ同情だけがありました。私は、誰も私に触れることはできない、師父のご加護があると思いました。私は師父と法を信じているので怖くありませんでした。そこで私は看守たちに「私は命をかけて大法を守ります」と答えました。
そのうちの1人が私のこめかみに銃を押し付け、「撃ってやる!」と激しく言いました。
「殺されても修煉しますよ」と私は笑顔で答えました。
看守の態度が180度変わり、「じゃあ戻ってから修煉すればいいよ」と笑いながら言いました。
また別の時には、拘置所の所長が私が保証書を書くまで釈放を拒否したこともありました。そうしなければ馬三家労働教養所で重い刑を宣告されるだろうと彼は言いました。馬三家は、法輪大法の学習者に対する非人道的な拷問で悪名高かったのです。
私は「真実を主張したことで懲役刑を受けることは怖くありません」と言いました。
所長は夫の顔に向けてペンを振りながら、「家に帰れると思うなよ!」と言いました。
夫の心配した表情を見ても私は揺るぎませんでした。最後に所長は笑顔を見せて「あなたは試験に合格した」と言いました。それから彼は警備員に向かって「彼女を解放してください」と言ったのです。
警備員は笑いながら「家で修煉しなさい」と言いました。
修煉の道で、私は死、恐怖、感傷を手放しました。私は命をかけて師父、大法、そして私の尊厳を守りました。師父と大法がそばにいるので、警備員は一人も私に危害を加えませんでした。
私の理解では、修煉には「迫害」などというものはなく、ただ師父が与えられる試練があるだけです。だから私には恐れがありません。
私は大法を信じており、師父が私を見守っておられます。