【明慧日本2023年11月26日】吉林省長春市の法輪功学習者・張秀香さん(以下、学習者)は、2015年4月7日に連行され、同年10月27日、長春市九台区裁判所から懲役3年6カ月を宣告された。吉林省女子刑務所に収容された張さんは迫害されて、心身ともに大きなダメージを受けたため、今年11月5日に死亡した。享年70歳。
3年6カ月、刑務所で迫害を受けた張さんは、2018年10月7日に出所して自宅に戻った。その後、体調が優れず、ベッドに横たわって起き上がることもできない状態になっても、警官は自宅に来て嫌がらせをした。
以下は、張さんが生前に述べた、吉林省女子刑務所で受けた迫害事実である。
一、吉林省女子刑務所の所長・武沢雲が、法輪功学習者を迫害
1、吉林省女子刑務所に収容されると、刑務所側は受刑者を利用して、学習者の服を脱がせ(裸にさせる)、学習者に、犯人のナンバープレートを手に掲げさせ、そのまま、前、後ろ、横から繰り返し写真を撮った(ヌード写真)。学習者は写真を撮られた後、下着を着ることも許されず、ズボンと外衣を着せられ、人格を侮辱された。
拷問の再現:小さい椅子に座らされる |
2、刑務所の警官と受刑者は、強制的に学習者を7、8センチほどの高さで、座面に凸凹模様の小さなプラスチック製の椅子に座らせる。学習者は毎朝5時半に起床した後、夜9時までその椅子に座らされ(食事とトイレを除く)、横目をせず、体をまっすぐにし、かかとを密着、手を膝の上に置くようと要求され、体を動かしたり、振り向いたり、話したりすることは許されない。そうでなければ、監視の人に大声で叱られたり罵られたりする。学習者が「転向」しない場合は、監視人に交代で洗脳ビデオなどを強制的に見せられ、精神的な迫害と、肉体的な体罰を加えられた。
二、吉林省女子刑務所第八監獄区で隊長・倪と警官・高楊による迫害
2016年12月7日、私は厳しい管理下で、朝5時半から夜9時まで(3回の食事を除いて)小さい椅子に座らされ、長期間にわたって続けられた。
2018年に刑務所の所長が安という人に変わり、いっそう学習者への迫害を強めた。4月20日から、「転向」しなかった学習者に、高さ10センチ以下、長さ30センチ以下の小さな椅子に座らせた。学習者は上半身を真っ直ぐにさせて座らせ、話すことも動くことも禁止された。従わなければ、受刑者たちから騒音や虐待などを受け、食事も十分に与えられず、野菜はなく、漬物が少し与えられるだけだった。
7月13日、彼らはポルノと暴力団・ならず者集団を撲滅するという口実で私への迫害を強めた。毎日、午前5時半から夜8時55分まで、私は小さな椅子に座らされた。その間、動くことが許されず、食事を受刑者たちに目の前に運んでもらい、わずかな米飯とわずかな漬け物しかなく、1日に小さなミネラルウォーター1本分の水しか与えられず、3回の食後に口をすすぐしかできなかった。歯を磨くことも、顔を洗うことも、髪を洗うことも、足を洗うことも、風呂に入ることも、服を洗うことも許されなかった。真夏の日は、汗まみれ、服もズボンもびしょ濡れで座っていることが多かった。着替えることも許されず、1カ月間1着の服を着続けたため、髪も体も非常に腐臭を放ち、足の悪臭で、受刑者たちから罵声を浴びることもしばしばだった。
さらに残酷なのは、気温35~36℃の日に、1日16時間25分も動かずに座っていなければならなかったことだった(トイレに行くのは3回しか許されなかった)。長期的に小さい椅子に座らされたため、椅子が変形し、臀部の皮膚も腐れ、座ると針で刺されるように痛んだ。このような非人間的な迫害は丸1カ月間加えられた。その後、食事のときに立ち上がって食べることを許され、1カ月に1回、シャワーを浴びることができた。私は出所する2018年10月7日まで、ずっと、小さな椅子に座らされていた。
明慧ネットの統計によると、2000年以来、吉林省女子刑務所(別名:長春黒嘴子女子刑務所)は、600人以上の学習者を拘禁し、最長の刑期は19年だった。中国共産党中央610弁公室の主任と吉林省610弁公室の主任の指示の下、同刑務所は「転向率100%」を達成しようとし、残酷な手段で学習者を迫害している。学習者の多くは負傷、障害、精神障害を負うほど迫害されていた。明慧ネットの不完全な統計によると、同刑務所では、少なくとも29人の学習者が死に至るまで迫害され、少なくとも5人が障害を負い、9人が精神障害を負ったという。