文/中国の大法弟子
【明慧日本2024年7月26日】最近、師父の新経文を読んで、私はいろいろ考えさせられました。まず同修と一緒に師父の一部の経文を復習しましょう。
師父は『目覚めなさい』の中にこう説かれました。「民主党であれ共和党であれ、それは人間のことです。個人としてすべての人は神が救い済度する対象なのです。この党の人は救いませんが、あの党の人は救う、このように考えてはいけません」
また師父は『各地での説法十二』「二〇一三年大ニューヨーク地区法会での説法」の中にこうおっしゃっていました。
「皆さんが分かっているように、私たちは人を救っています。人の何を救っているのでしょうか? 人の心です」
私の個人的理解ですが、あなたがどの政党を好んでいたとしても、私達大法弟子がやっていることとは関係はありません。米国の2大政党はそれぞれ、いくつかの分野では成功していますが、他の分野では欠点があります。彼らはしばしば自分の党の利益のために互いに競争しています。しかし近年、両党は中国共産党(以下、中共)に対する理解を深め、その野心的な世界的拡大に対抗する行動を起こしています。両党の多くの人々も大法を支持しています。これは非常に重要です。なぜなら、彼らが事実を理解し、大法を支持している限り、彼らには良い未来があるからです。人々を救うことは、政党に関係なく、彼らの心を変えることです。
また師父はこう説かれました。「…アメリカの共和党と民主党の要人に対して特に攻撃してはいけません。人間は皆、法のためにやって来ており、救われ済度されるのを待っています」『目覚めなさい』
私はロシアについても少し考えています。最近、ロシアの大統領を「恥知らず」と評するニュース記事の見出しを見ました。もし誰かが私についてそのようなことを言ったら、私は間違いなく気分がよくないでしょう。大法弟子として、人を救いたいのであれば、そのようなことを言うべきではありません。
私は台湾の状況についても考えました。立法会の権限の拡大は最近私に深く考えさせられました。
師父は私たちにこう教えられました。
「真相を伝える際、自分を常人と混同しないよう、自分の立ち位置を正しく決めるべきです。こうしてはじめて、巻き込まれることなく、より良く行うことができます」(『台湾法会へ』)
米国と台湾で起きていることに戻ると、すべての衆生を本当に救うためには、こうした世俗的な事柄から距離を置くべきです。
私たちは長年、真相を伝えてきました。真の慈悲と優しさだけが人の心を動かすことができるのだと悟りました。
師父は『目覚めなさい』の中にこう説かれました。
「慈悲は常人社会では善意と愛の心として体現されています。これも大法弟子の内面から滲み出た生命の状態です」
「誰に対しても慈悲深く、愛の心を持ち、これは本当に普通の人にできることではありません。特にどのような場合でも、衆生を慈悲深く思う心で行動することはなおさら難しいのです。しかし、大法弟子は必ずこのようにしなければなりません!」
大法について多くの悪口を言った中国の「小粉紅」(しょうふんこう)(注:中華人民共和国における1990年代以降に生まれた若い世代の民族主義者のこと)の例がありました。しかし、大法弟子の親切さを感じ、理性的な話を聞いた彼は、非常に後悔し、法輪功に対する態度を変えました。また、何年も悪事を働いていた中共のスパイもいましたが、大法弟子の優しさを目の当たりにした後、中共に利用されていたことに気付き、中共の悪行を明らかにするために立ち上がることにしました。
この2つの例は、個人が悪事を働いていたとしても、慈悲の心で接し、粘り強く事実を明らかにすることが重要であることを示しています。もし私たちが彼らを責め、彼らを反対側に追いやってしまうと、同じ事実を彼らに示しても、彼らは決して考えを変えないかもしれません。
同じ原理は、私たちを迫害する加害者にも当てはまります。私は、明慧のウェブサイトで迫害についての記事を読むと、よく歯を食いしばります。私を連行した610弁公室の責任者を思い出すと、憎しみがこみ上げてきます。しかし、私の考え方は正しくなく、改善する必要があることはわかっています。
師父は私たちにこう教えられました。
「相手が迫害に加担した人、騙されて悪人の仲間に入った人でさえ、善をもって接するべきなのに、あなたと同じ学習者に、なぜ善をもって接することができないのでしょうか?」『各地での説法十三』「二〇一四年サンフランシスコ法会での説法」
加害者に対する記事の中には、修煉者の文章に競争心があり、慈悲よりも憎しみの気持ちが込められていることに気づいたことがあります。刑務所の看守や洗脳班の職員は、その記事を読んで非常に怒っていました。記事を書いた人を見つけられなかったので、他の修煉者に復讐しました。その結果、他の修煉者への迫害が和らぐどころか、さらにひどくなったのかもしれません。
私たちは親戚、友人、同僚に対しても慈悲の心を持つべきです。彼らの中には大法について誤解している人もいるかもしれませんし、現代の観念や中共の宣伝に影響されている人もいるかもしれません。それが彼らに対する私の態度に影響を与えてはいけないことはわかっています。たとえ彼らが私を苛立たせ、私の利益を侵害することが多いとしても、私は彼らにどう接するべきでしょうか? 常に修煉者の状態を維持することは可能でしょうか? これは私が毎日考え、実践しなければならないことです。
私は人と人の間で衝突せず、どんな気質の人とも調和して暮らせることを願っています。私達は政治に関与したり、どの国、どの民族、どの社会形態のどの見解にも味方したりすることは避けるべきです。すべての人に親切に接し、誠意を持ってコミュニケーションを取り、彼らを傷つけたりおだてたりしてはいけません。私の焦点は、自分自身を修め、大法への迫害に反対し、人々を善良に導くことです。