文/中国河北省の大法弟子
【明慧日本2024年8月13日】私は1987年に卒業して、技術工学校の教師になりました。私の字は比較的きちんとしていたので、当時ちょうど学校の先生が職名を評価する時に、ある先生は私に論文を写すように頼みました。当時はまだパソコンがなかったので、ほかの先生からも論文の写しを頼まれました。それから、私の先生たちに対する印象はとても良く、総務関係の先生も私を特別に扱い、時には文房具やノートなどを多めにくれました。私はそれらを喜んで受け入れ、何でも欲しがり、いつも得ようとしていました。
法輪大法を修煉する前、職場の人たちがいろいろな方法でお金を手に入れているのを見て、私もうらやましくなり、いつか自分も、そのようにしたいと思っていました。1998年に私は甲状腺腫になり、手術を受けました。手術費用は5000元余りでしたが、私は200元を使って空白の請求書を買い、1万元と記入して勤め先から精算してもらいました。(当時これを専門にやっていた人がいて、彼らは病院と結託し、空白の請求書に病院の公印を押して、病院が発行したものと全く同じです)5000元も多くもらい、とても嬉しかったのです。
修煉後、私は「失わなければ得られず」という法理を分かり、得ようとする心がなくなりました。その後、私は失業してしまい、よその地域に行って出稼ぎをしました。いくつかの職場で働き、どこにいても大法の法理に基づいて自分を律しました。20人余りの職場で働いていた時、私は事務の仕事と社員食堂の買い物を担当しましたが、会社のお金を一銭も横領したことはありませんでした。私は社長に大法の素晴らしさを伝える時、「法輪功学習者は他人の物やお金を1銭も横領しません」と言いました。「本当ですか?」と社長は信じられないように言いましたが、私は「本当です」と答えました。
私がその職場を離れた後、社長の奥さんが私に電話をかけてきて、「漬物はどこで購入しましたか?」と聞いてきました。彼女は私が買った漬物が安くておいしいと言ってくれました。私は何でも会社のために考えたことで、会社の信頼を得ることができました。
私は別の職場で倉庫管理兼財務をしていて、毎日パソコンへの売上台帳の入力と棚卸しをしています。私がこの仕事を引き継いだ時、本社から月に一度在庫確認の担当者が来て、私と一緒に在庫状況を確認すると言われました。最初の2カ月は本社から担当者が来て、一緒に棚卸しをしましたが、その後来なくなりました。
ある時、社長の奥さんは私に彼女が受け取った販売代金は私の販売明細帳と合わないと言いました。私は「私の販売明細帳は在庫商品と現金帳と合っていますよ」と言いました。すると、奥さんは出納係が渡した代金とパソコンの明細をもう一度調べましたが、やはり「合わないです。今月の売上明細書をください」と言いました。私が彼女に渡した後、彼女は1枚ずつ確認したところ、2枚の伝票がくっついていることに気づきました。そのため、私がパソコンに上の1枚の伝票だけ入力してしまったのです。私は在庫を棚卸しした時、帳簿と実際が一致しないことに気づき、商品が売れたのに伝票を忘れたと思い、伝票を再発行して、自分でお金を出して出納に渡しました。これは、2つの商品を売って、実際に3つの商品の代金を出納係に渡したことになります。
また、ある時、社長の奥さんは帳簿を照合した時、一枚の数元の伝票を見つけ、私に「これは何ですか?」と聞きました。私は「会社のコピー機で自分の身分証明書と戸籍簿を何枚かコピーしたので、私はそのコピー代金を出納係に渡しました」と説明しました。大法を修煉していなかったら、このようにしてはいません。私は社長に大法の素晴らしさを伝えたことがあり、奥さんもよく分かっていました。
会社の事務用品を買う時、店の人に「いくらの領収書を出しますか?」とよく聞かれましたが、私はいつも「実際の金額を書いてください」と言いました。私は彼らに大法の良さを伝え、彼らも大法を認めます。時々、会社の期限が過ぎた製品が返品された後、帳簿にはもうなくなっていたので、担当者が私に持ち帰るように言いましたが、私は断りました。
今の個人の店では、支払い時には整数のみを支払い、端数は免除されることが多いです。しかし、私は今まで買い物をした時、店側が自ら端数を免除してくれても、必ず全数を払っていました。私は店員に「私は法輪大法を修煉しています。私たちの師父は『何かをするときには、まず他の人のことを配慮して無私無我で、なおかつ他人を先に、自分をあとにする』(『精進要旨』 〈佛性に漏れなし〉)と教えてくださいました。あなたたちも大変です。『法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい』を覚えてください。災害の中で自分を守り、そして商売繁盛をもたらすことができます」と話しました。中には、「この前もあなたが教えてくれましたよ。覚えています!」と言う人もいれば、「あなたは本当に良い人ですね!」と言ってくれる人もいました。そんな時、私はいつも「私たちの師父の教えのお陰です。大法を学ばなければ、私もこのようなことはできません」と言いました。
大法は私に人間としての道理を教え、この世に来た目的と意義を理解させ、人生の中で分かろうとしても分からなかった多くの問題を明かしてくれました。私の世界観全体が変わり、生まれ変わったようになりました。
師父は私の知恵を開いてくださる
私は修煉前、にコンピューターを敬遠していました。90年代、コンピューターはまだそんなに普及していませんでした。私は職場で統計の仕事をする時、電卓を使っていました。その後、職場がパソコンを設置しましたが、私はどうしても覚えられず、勉強すると頭が痛くなり、目も痛くなりました。その後、私より若い女性の同僚にそのパソコンを使わせ、私は依然として電卓を使っていました。実はそのとき私はまだ31歳か、32歳でした。大法を学んでから、パソコンを使うようになり、目も痛くなくなり、パソコンに興味を持つようになりました。
10年前、50歳過ぎた私は、師父を手伝って法を正し、人々を救うために、パソコンのシステムを自学で学び始めました。私は『天地行フォーラム』からコンピュータシステムのインストール方法に関するチュートリアルをダウンロードし、分からないところがあれば、師父が私にヒントを与えてくださり、徐々に私はパソコンの知識を覚え、ほかの同修を手伝ってコンピュータシステムをインストールし、中共のネット封鎖によるアクセスが難しい問題を解決しました。
大法は私の心を浄化し、新しい人生の旅を開いてくださいました。大法弟子になることができたことを、とても幸運だと思います。
(責任者編集者:林一平)