【明慧日本2024年9月21日】「きらきらと輝く月が海面から次第に登ってくる、世界の果てほど離れたところにいる人々も今この時に同じ月を仰ぎみている」。中秋の名月である9月17日を迎えるにあたり、ニューヨークの一部の法輪功学習者(以下、学習者)は9月7日、ニューヨークのフラッシング・キッセナ・コリドー・パークに集まり、慈悲深い李洪志先生に中秋の名月の祝賀を行った。学習者たちは法輪功(法輪大法ともいう)の修煉を通じて心身に恩恵を受けた体験を語り、先生への思いと感謝の気持ちを伝えた。また、世界の人々に「法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい」と知ってほしいと願った。一部の学習者は李先生の救い済度に触れ、涙を流しながら感謝の気持ちを語った。
法輪功創始者の李洪志先生に中秋の名月のご挨拶を申し上げるニューヨークの一部の学習者 |
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易氏はまた、「ニューヨークの学習者として、私たちは修煉においてさらに精進し、私たちがすべきことをしっかりと果たしていきます。そして中国共産党(中共)による迫害の実態と『法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい』という声を世界の隅々に届け、より多くの人々が救われるように努力します!」と語った。
学習者の中には、90歳を超える高齢者もいれば、2~3歳の子供もいた。何十年も前にアメリカに移住した古参の移民もいれば、中国から最近アメリカに来たばかりの学習者もいた。それぞれの経歴や人生経験を持ちながらも、李洪志先生への感謝の気持ちは変わらない。
子ども学習者たちは大法を修煉し続け 健やかに成長する
1999年7月20日から始まった中共による法輪功への迫害は、現在まで25年続いている。その間に生まれ、迫害に反対する中で成長してきた子ども学習者たちの中には、すでに大人になった者もいる。彼らは李先生の保護と大法の導きの下、健やかに成長した。迫害の高圧の下にあっても、彼らは両親と共に大法の修煉を堅持し、「真・善・忍」の精神を実践しながら、自分の観念を超えた理性と成熟を見せている。彼らの中には海外に渡った者もおり、中秋の名月に、法輪大法と李洪志先生への感謝を表している。
今年36歳で中国の青島市出身の李津青さんは、「私は、家族の学習者全員を代表して、李先生に中秋の名月のお祝いを申し上げます! 先生が学習者達をずっと見守ってくださったことに感謝いたします。長きわたり、中国大陸の暗黒環境の中で、先生のことを思うたびに、心の中が温かくなり、信念と正念で満たされました。私の人生で最も感謝しなければならないのは、慈悲深く偉大な李先生です!」と述べた。
中秋の名月に李洪志先生に感謝を申し上げる李津青さん |
李さんは1998年、10歳の時に母親について修煉を始めたが、この幸せな時間は長くは続かなかった。1年後、迫害が始まり、彼の母親は度々強制連行された。家族は打撃を受けたけれど、しかし彼の心に「真・善・忍」という大法の種が植え付けられた。彼は、「中国では厳しい迫害があっても、本当に修煉する学習者たちは依然として揺るぎません。2006年には、クラスメートたちに中国共産主義青年団や少年先鋒隊から脱退するように勧めました」と話す。
彼は当時を振り返った。「中国では迫害の圧力がある中でも、李先生の誕生日やお正月、中秋の名月には、私たちの学法クループが集まって先生にご挨拶を申し上げ、先生への思いと感謝の気持ちを伝えています。今、私は自由な環境であるアメリカに来て、堂々と先生に感謝を表すことができます。これからはさらに精進し、しっかり修煉し、立派な法輪大法学習者になります!」
2000年生まれの顔宇欣さんは、「幼稚園に通っていた頃から本を読み始め、大人に習って法輪功の書籍を読んでいました。中学に入ってからは、毎週両親と一緒に学法グループで法を学び、交流を行い、連行された学習者の救出に努力していました」と話す。「学校では、いじめやグループ内での派閥争いがあったけれど、私はそれに加わらず、いじめられている同級生を助けました。クラスメートは私をとても温厚で、優しい人だと思ってくれて、みんな私と友達になりたがっていました。仕事を始めてからは、職場での対立に対しても冷静に対処し、『真・善・忍』に従って自分を律し、良い人であるように努め、自己向上を図っています。また、常に自分を省みて、執着心が現れていないかを確認し、自分に修煉を怠らないように言い聞かせています」と話した。
2000年生まれの顔宇欣さん(右)と母親(左) |
顔さんは、「李先生の慈悲深い済度と、この大法を得させてくださった先生に感謝します。さもなければ、自分の観念のまま同じように忙しくしているうちに迷ってしまっていたでしょう。大法を学んだ後、なぜ生きているのか、自分の歴史的使命は何かが分かり、人生がもっと意味あるものになりました」と語った。
彼女はさらにこのように述べている。「コロナ感染症のパンデミックの間、封鎖の影響で中国人は逆に自由を渇望し、法輪功への迫害の実態を知りたくなりました。そのため、多くの人がネット封鎖を突破してインターネットにアクセスするようになりました。学習者が運営するメディアやセルフ・メディアは、彼らが真実を知るのに大いに役立ち、知るための手助けをしています。法輪功が中共の宣伝とは違うことを理解するようになったのです」
「数日前、迫害の実態を伝える活動拠点で、中国本土から訪れた中国人に出会い、彼はネット封鎖を突破して大紀元時報を見たことがあるそうです。彼はどのように『三退』するのか、学習者に対する強制臓器収奪について質問しました。彼は中国でこの問題についてある程度知っていましたが、海外に来てさらに詳しく知りたくなったと話しました」
顔さんの母親は、「この活動に参加できてとても幸運です。中国ではこのような活動は考えられません。迫害が一日でも早く終わることを願っています。中国の学習者たちはみんな先生と再会する日を待ち望んでいます!」と話した。
迫害から逃れ、自由を大切にする
揚峰さんはもともと中国のある大学でコンピュータの教師をしていた。若い頃は体が弱く、病気がちで、また不安症にもかかった。大学の研修生試験の準備で体力を使い果たした。法輪功を修煉した後、体はすぐに回復し、精神的にも向上したという。彼は「私は長い間探し続け、人格や道徳的な素質を高めることができる大法『轉法輪』という宝の書を見つけることができました」と語った。
若い頃から探し続け、そして法輪大法に出会った揚峰さん |
「1997年のある日、母が『轉法輪』という本を家に持ち帰りました。私は一晩で読み終え、手放せなくなり、眠気もなくなりました。修煉後、多くの学生が私の変化に気付き、より忍耐強く、より学生を気にかけるようになりました。ある学生は夏休み明けに、南方からはるばる私に二つのココナッツを持ってきてくれ、感謝の気持ちを伝えてくれました」と話した。彼は身体的には以前よりも健康になったと感じ、「運動をすることや歩くことも、自分の想像を超えるほどになりました」と言った。
中国でいろいろな困難を経験した揚さんは、アメリカの自由な社会に来てから、この自由をとえも大切にし、法を実証する活動の一つ一つを大切にしているという。「中国ではこのような機会はありませんでしたので、私にとってはとても貴重な機会です。そのため、参加できる活動をすべて参加するようにしています」と語った。